『国境リーグ』Web版 vol.1

国境リーグ Web版
『国境リーグ』Web版 vol.1

序章

─2001(平成13)年11月、長崎県対馬─
紅葉が見頃をむかえた山々をながめながら、圭一郎けいいちろうはカーラジオから流れてくるニュースを聞き流していた。ニュースでは、最近話題のFXを利用した詐欺さぎ事件について伝えている。助手席に座る圭一郎の隣で車を運転している男性もだまってニュースを聞いている。ふたりとも無言だ。何を話せばよいのか、慎重しんちょうになりすぎて言葉が出てこない。車内に流れる重たい空気を、ふたりとも十分すぎるほど感じていた。
無理もない。車を運転する男性にしてみれば、突然現れた20歳の青年が、「あなたの息子です」と、訳のわからないことを言ってきたのだ。100%困惑するだろう。
10日前に母親を亡くした圭一郎は、生まれて初めて実の父親に会うため対馬へやって来た。中学のとき母親が結婚するまでは母子家庭だった。幼い頃は母親に「どうして僕にはお父さんがいないの?」と度々訊ねて母親を困らせた。しかし、小学生になった頃からは、一切父親のことは口にしていない。そのことが母親を困らせると認識するようになったからだ。しかし、死を前にした母親が圭一郎に初めて実の父親のことを話してくれた。母親が言うには、父親は、圭一郎が生まれたことすら知らないのだという。母親が亡くなり、義父が喪主をつとめた告別式を終え、通っている大学がある東京へ戻る前に、実の父親を訪ねてみることにした。実の父親に会うことをためらっていた圭一郎だが、義父に相談すると、実の父親が働く職場を調べてくれ、「会ってこい」と背中を押してくれた。
事前に連絡を入れずに対馬へ来たのは、遠くから実の父親の姿を見るだけにとどめることもできるようにしておくためである。母親が大切に持っていた若い頃の父親の写真を持ってきた。あまり変わっていなければ、遠くからでも分かるはずだ。
しかし、昼休みに職場から出てきたその姿を見た圭一郎は、込み上げる感情を抑えることができなかった。父親へ駆け寄り、母親の名前を伝えると、「少し時間をください」と言った。父親は戸惑っていたが、ふたりで父親が行きつけの喫茶店へ入り、話をすることになった。その場で圭一郎は「あなたの息子です」と伝えたのである。父親は、目を見開き、とても驚いた様子であったが、10秒ほどすると「そういえば目元が俺に似てるな」と、自分を受け入れてくれた。それから1時間ほど圭一郎と父親は喫茶店で過ごした。カレーライスを食べ、食後に父親はコーヒーを、圭一郎はオレンジジュースを飲んだ。喫茶店の店員に頼んで、持ってきたカメラで父親とのツーショット写真を撮ったが、ほとんど会話はしていない。母親が亡くなったこと、今日訪ねてきたのは何かを求めているわけではないこと、自分にとっての父親は、東京の大学へ通わせてくれている義父以外にはいないと思っているので、会うのは今日が最初で最後だということを、圭一郎は父親へ伝えた。父親は「わかった」とうなずき、また黙った。沈黙に耐えられなくなった圭一郎が、母親との一番の思い出は何かとたずねたが、「一緒にどこかへ出かけることはなかったからなぁ。思い出と呼べるものは……。そうだなぁ……」と、困った表情を見せたため、会話を続けることができなかった。そしてまた、沈黙が続いた。
喫茶店を出ると、今日中に飛行機で東京へ帰るという圭一郎を、父親は「空港まで送る」と言ってくれた。そして、今、こうして、父親の車で対馬空港へ向かっているのである。
重たい空気を打破すべく圭一郎が口を開いた。
「紅葉がきれいですね」
「そうだな。対馬は山ばっかりだからな。今が一番いい時期かもしれないな」
エンジン音とともに耳へ飛び込んでくる父親の声を、圭一郎は耳にとどめておきたかった。もう二度と会うつもりはないのだから。
「空港よりももっとかみの方に行けば、舟志川しゅうしがわという川が流れてて、その川沿いにもみじ街道とよばれる紅葉の名所があるんだぞ」
父親もまた沈黙に耐えられなかったようだ。紅葉の話題をふくらませようとしている。
「もみじ街道ですか……。きれいでしょうね」
ハンドルを握る父親の横顔を見ると、父親は少し前までと違って表情が柔らかくなっているようだ。
「ああ、とてもきれいだ。舟志川の近くのきんという集落には、『琴の大銀杏おおいちょう』って言ってな、樹齢じゅれい1500年の銀杏の木があるんだ。なんでも日本最古の銀杏の木らしいぞ」
「すごいですね。樹齢1500年なんて……。聖徳太子しょうとくたいし飛鳥あすか時代より前からあった木ということですね……。それはすごいなぁ……」
「何時代からあったかは俺にはわからんが、こんな俺でも前に立つと何か力をもらえるような気がするからな。不思議なもんだ……」
「そうなんですか……。行ってみたいなぁ……」
「時間があったら連れて行ってやりたいが、時間ないんだろ?」
「はい。今日中に東京へ戻らなければならないんです」
「そうか……」
父親は悲しそうな顔になった。
「海もきれいですね」
圭一郎は、目線を海の方へ向けて話題を変えた。
「海と山、自慢できるのはそれぐらいしかない」
「飛行機が着陸する前に見える複雑な海岸線はきれいですね」
「ああ、浅茅湾あそうわんだ」
「浅茅湾ですか」
「そう、対馬を南北に分ける浅茅湾だ。烏帽子岳展望台えぼしだけてんぼうだいってとこがあってな。そこへ行くとすごく景色がいいんだ」
「烏帽子岳展望台ですか……」
「そうだ。最後は階段をけっこう登るんだが、近くまでは車で行けるからな。それに、めったに見れないが、韓国が見えることもあるんだぞ」
「韓国が見えるんですか?」
「ああ、もっと上の方に行けばもっとよく見えるぞ。韓国展望所や異国の見える丘展望所っていうプサンが見える観光スポットもあるからな。夜になればプサンの夜景がはっきり見えることもあるんだから」
「外国の夜景まで見えるなんて、すごいですね」
ようやくふたりの会話が弾んできた頃、対馬空港へ到着した。駐車場へ車を停め、圭一郎がチェックインを済ますと、ふたりで2階の保安検査場の前まで来た。
「今日は突然ごめんなさい」
圭一郎は父親の方を振り返り、頭を下げた。
「本当に驚いたよ。実は未だに心の整理がついてない」
「そうだと思います。本当にごめんなさい」
「いや、お前が謝る必要はない。未だに整理はつかんが、嬉しい気持ちがあることも確かなんだ。俺に息子がいたんだからな。本当は小躍りしたいくらいだ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。お、お父さん」
圭一郎は最後に思い切って、「お父さん」と呼んだ。するとまたたく間に父親の表情が崩れる。
「俺を『お父さん』って呼んでくれるのか……。ありがとう……」
圭一郎は、父親の目にうっすらと涙がにじんできたことを確認した。
「お父さん、そろそろ行きます」
「ああ。元気でな。いつになるかわからんが、いつかお前の母さんの墓参りに行ってもいいか?」
「是非お願いします。母も喜ぶと思います」
「それじゃ元気でな、圭一郎」
「お父さんも」
そう言って握手を交わすと、圭一郎は保安検査場ゲートをくぐった。
飛行機が離陸し、窓ごしに見える美しいリアス海岸の浅茅湾を眺めながら圭一郎は思った。「このどこかに烏帽子岳展望台があるんだなぁ……。お父さんと行ってみたかったなぁ……」と。

1

「まただわ‥‥」。
さっきまでの楽しい時間をかき消すように、グニョンの心に深い霧がおりてきた。対馬に来てから幾度となく経験してきた「差別」を、また受けることになりそうなのだ。
居酒屋に置いてあるテレビから流れてくる野球中継に目をやりながら、とても楽しい時間を過ごしていた。2015(平成27)年のセントラルリーグの優勝が決まるかもしれない東京ヤクルトスワローズ対阪神タイガースの試合である。グニョンと一緒に食事をしている松尾まつおのおばさんは、旦那さんの友人が2軍でコーチをつとめる東京ヤクルトスワローズを応援している。グニョンも一緒にテレビへ向かって声援を送りながら、おばさんたちと楽しく会話していた。30秒前までは……。気づいていなかったからだ。隣の席で飲んでいる中年男性のさげすむような視線に。
厳原の慶尚(キョンサン)ホテルで女性スタッフとして働くコ・グニョン(高根英)は、松尾のおばさんに誘われて、一か月前から生け花教室に通い始めた。教室が終わるといつもおばさんたちと今日のように食事をする。教室のおばさんたちと過ごす時間は、グニョンにとってとても心地良かった。その理由を、グニョンは、最近になって気がついた。おばさん達は、その場にいない誰かについて悪く言うことがないのである。彼女たちは、決して誰かの<陰口<<かげぐち>>を叩かない。グニョンが心地よいと感じるのは、陰口を聞かされることによってストレスを感じることがないからである。
おばさんたちは、教室のこと、テレビ番組のこと、旦那さんのことなど、日本語が完璧ではないグニョンにも理解できるよう丁寧ていねいに話してくれる。グニョンも仕事のことやプサンで暮らす家族のことなどを話すが、おばさんたちはグニョンの話に<興味<<きょうみ>>をもって耳を傾けてくれる。おばさんたちと過ごす時間は、サービス業で疲れたグニョンの心をいつもリフレッシュさせてくれた。
2009(平成21)年4月、韓国からの留学生として対馬高校に入学。3年間、対馬高校で高校生活を送った後、2012(平成24)年3月に卒業。卒業後は、実家があるプサンに帰って働いていたが、20歳の春を迎えたとき、慶尚ホテルで働くことを決め、再び対馬の土をんだ。決意を持って対馬の土を再び踏んでから一年半が過ぎた。
慶尚ホテルで働くようになってから、グニョンは積極的に厳原の人たちとふれあうようにしてきた。カラオケサークルに入ったこともあった。しかし、仲良くなっていくと、その場にいない人の悪口を聞かされるようになる。それがえられなかった。「なぜ本人に直接言わないの?」と、グニョンが聞くと、「そんなこと言ったら喧嘩になるでしょ。日本人ははっきりと言わないのよ」と返された。「それならこの場でも言わないでよ」とグニョンが言うと、「グニョンは韓国人だから、わからないのよ」と、国民性の違いで片づけられてしまう。確かに韓国人は日本人と比べて、相手に対して言いたいことをはっきり言う国民性だとグニョンも思う。日本人と韓国人しか知らないグニョンにとって、どちらの国民性の方がほかの国の人たちと近いのかはわからない。しかし、その場にいない人の悪口は聞きたくなかった。
生け花教室のおばさん達もたまにそれぞれの旦那さんを悪く言うことはあった。だが、そこに悪意はなく、愛情がある関係かられてくる悪口であることは、グニョンにも伝わっていた。今日も松尾のおばさんが、松尾のおじさんのいびきのリズムが面白いと、面白おかしく真似をして笑いを誘っていた。グニョンも笑いの輪に入り、大声で笑った。隣の席に座るサラリーマンらしきグループの様子に気がつく少し前までは。
そのグループのひとりの中年男性だ。十分ほど前までは、同じ席に座る三人の男性と会話しながら、時折スマホをいじっていたが、少し前からその中年男性は、スマホを見ることも、ほかの男性たちと会話することもやめ、グニョンに蔑むような視線を送るようになったのだ。このことに気づいてからは、少しでも早くこの場から離れたくなった。グニョンは松尾のおばさんに申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。私、帰ります」
すると、蔑むような視線を送っていた隣の席の中年男性がグニョンの目の前にやって来た。そして、
「ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ。ワ・タ・シ、カ・エ・リ・マ・ス」
と、グニョンの日本語がカタコトであることを馬鹿にするように、首を左右に振りながら真似してみせたのである。男性はかなり酔っているようだ。
中年男性のこの行動に松尾のおばさんが即座に反応した。席を立って中年男性の胸ぐらをつかみ、にらみつけながら、
「あんた! 最低だよ! 人間のクズだ。人間には上も下もない。何を勘違いしてるんだい。何の落ち度もないこのが、なんであんたなんかに馬鹿にされなきゃいけないんだ。私に一発殴られたくなかったらさっさと帰りな!」
おばさんの勢いに圧倒された中年男性は、すぐに居酒屋を出て行った。同じ席に座っていた3人もすぐに会計を済ませ後を追う。
「ありがとう‥‥」
お礼を言ったグニョンだが、心は晴れなかった。テーブルに3000円を置くと、おばさん達に挨拶あいさつをして店を出た。慶尚ホテルの従業員寮に向かって歩き出し、20mほど歩いたところで、グニョンがテーブルに置いた3000円を持って追いかけてきた松尾のおばさんがグニョンに追いついた。
「グニョン、気にしちゃダメだよ。対馬の人はみんな良い人ばかりなんだけど、残念ながら中にはあんな大馬鹿者もいるからね。何か困ったことがあったらいつでも言ってきなさい。おばさんが助けてあげるから」
「本当にありがとう。こういうことは初めてじゃないから。気にしない。気にしていたら厳原で働けない。だから大丈夫」
「そうかい。でも何かあったらいつでもおばさんのとこに来るんだよ。おばさんは子どもがいないから、グニョンを娘のように思ってるからね。おじさんもグニョンに会いたがってたよ。いつでも遊びにおいで」
「ありがとう。遊びに行きます。おやすみなさい」
グニョンはおばさんが差し出した3000円を受け取るとそのままポケットにしまい、再びひとりで歩き出した。少年野球チームの監督をしていた松尾のおじさんの教え子を通じて、高校の時、松尾のおじさん、おばさんと知り合った。おじさんとおばさんは、初めて会ったときから、親元を離れて異国で暮らすグニョンのことをいつも気にかけてくれていた。高校を卒業して対馬を離れるときも港まで見送りに来てくれ、おばさんは涙を流して別れを惜しんでくれた。プサンで働いているときには、日本語で手紙を書いて送り、おばさんから返事と共に対馬のスルメイカが届いた。そんなやりとりをしていたが、再び対馬に来て働くようになったときは、すぐに松尾家を訪ね、抱き合って再会を喜びあった。
グニョンにとって、松尾のおじさんとおばさんは、高校のときに下宿させてもらっていた山崎やまさきのおじさん、おばさんと同じくらい、大切な存在であった。彼らとは、日本人と韓国人という国民の違いを全く感じさせない、人間と人間の付き合いができた。だが残念ながら、居酒屋で隣り合わせた中年男性のような人もいる。グニョンが「まただわ……」と思うように、今夜のようなことは一度や二度ではない。居酒屋や、夜、町を歩いている時に酔っぱらった人から同じようにからまれたことが何回もあった。グニョンはそのたびに、高校の時に山崎釣り具店のおじさんと初めて会った日に言われた言葉を思い出す。
「対馬の人はみんな穏やかに見えるけど、韓国人に対しては差別意識や偏見へんけんを持っている人も少なくないから覚悟しておくんだよ」。
ショックだった。悲しかった。しかし、高校のときから、山崎のおじさんが言ったことを思い知らされる出来事が何度もあった。
最初は、高校一年の夏休み前のある夜、クラスメイトの女の子のひとりが自分の浴衣ゆかたをグニョンに貸してくれて、ほかの女の子のクラスメイト3人も加わり、5人で浴衣を着て厳原の町を歩いたときである。厳原で一番の商業施設であるティアラの前で5人が輪になって話していたときだった。初めて浴衣を着たグニョンの気分は高揚こうようし、とても楽しい夜だった。まだ日本語をうまく話すことはできなかったが、クラスメイトはやさしく丁寧に会話してくれたため、グニョンも会話の輪に入ることができた。身振り手振りも交えて、グニョンは5人の会話の中心にいた。すると、そこへティアラの1階にある焼鳥屋から出てきたひとりの小柄な中年男性が千鳥足ちどりあしで歩み寄ってきて、グニョンを指さして言った。
「チョーセンが浴衣着ちゃダメだろう。早く脱いでチョゴリに着替えろ!」
グニョンは何を言われているのかよくわからなかったが、男性の蔑んだ視線と、クラスメイトたちの怒っている表情で、男性が自分を差別していることがはっきりと理解できた。
「おじさんが言っていたことはこのことなんだわ……」。グニョンが頭の中で山崎のおじさんから聞いた言葉を思い出していたそのとき、近くで友人たちと話していた大柄な同級生の男の子のひとりが酔っぱらっている中年男性をはがいめにして、
「おっちゃん、自分が何言ってるかわかってる? コさんにあやまれ! 早く! ほら!」
中年男性は、必死ではがい締めから抜け出そうとしているが、大柄な同級生は一層いっそう力を入れて締めつけていた。
「わ、わかったよ。謝るよ。悪かったよ……。ねえちゃんゴメンな。これでいいんだろ。早く放せ!」
はがい締めにされていたため、首を少し前に倒しただけだったが、同級生の男の子は力をゆるめ、中年男性は解放された。解放された中年男性は、酔っていたためフラフラしていたが、逃げるように小走りで去っていった。
「コさん、ごめんなさい。同じ対馬の人間としてずかしい。俺からも謝ります」
同級生の男の子はグニョンに謝った。同じようにクラスメイトの女の子たちもグニョンに謝った。
「そ、そんな……いい……で、す」
そう返すのが精一杯だった。とても悲しい思いをしたグニョンだったが、一方で自分を守ってくれる人がいたことで、勇気をもらった気持ちにもなった。
この高校一年の夏の夜の出来事以降、グニョンは、年に1~2回は「差別」に遭遇そうぐうし、そのたびに嫌な思いをさせられ、深い悲しみに包まれてきた。嫌なことはすぐに忘れてしまいたいという思いが強いため、正確な数は覚えていない。

従業員寮までひとりで歩きながら、グニョンはプサンの母親に電話をした。差別を受けたと感じたときはいつもそうしてきた。母親に「差別を受けたの」と言うことはないが、母親の声を聞くと、悲しみというやみに包まれた心に、小さな光を灯すことができるからである。電話の向こうの母親は、グニョンに何か悲しいことがあったと気づいているが、あえて「何かあったの?」と聞くことはない。グニョン自らが話してくれる以外の悲しいことは、グニョンにとって、そのことを口にすること自体が嫌なほど、悲しいことであると、グニョンの母親はよく知っているからだ。母親の声を聞いて、今夜も暗闇に小さな光を灯すことができたグニョンである。

2

雲ひとつない快晴かいせい、もう10月に入ったというのに、気温はいまだに夏を引きずっているようだ。2015(平成27)年の秋はまだ気配を感じさせないでいた。
昨夜の酒が少し残っている松尾俊治としはるは、野球少年たちの元気な声がこだまする清水しみずおか多目的広場のグラウンドに目をやりながら、ペットボトルの水を3口飲んだ。そして、思い出したようにポケットから携帯電話を取り出した。スマホではない。ガラケーである。松尾は、着信履歴から、かつて九州の社会人野球チームで一緒にプレーしていた中村なかむら元雄もとおの電話番号を探し始めた。中村元雄は、東京ヤクルトスワローズの2軍でピッチングコーチをしている。前日、阪神タイガースに延長サヨナラ勝ちしたスワローズは、14年ぶりのリーグ優勝を決めた。本当は、昨夜、優勝決定をテレビのニュース速報で知ったときすぐにお祝いの電話をかけたかったが、優勝が決まった当日は、祝福の電話が多いだろうと思い遠慮えんりょした。だが一夜明けた今なら、お祝いの電話をかけても迷惑ではないだろうと考えたのである。
松尾と中村は、社会人野球時代からとても気が合った。松尾が怪我で野球をあきらめて故郷の対馬に帰り、中村がプロ野球の世界に進んで成功してからもふたりは交流を持っていた。「松ちゃん」「ゲンちゃん」。そう呼び合う関係が40年も続いている。今、松尾の目の前で開かれている元プロ野球選手たちによる少年野球教室は、松尾から頼まれた中村が、実現に向けて尽力じんりょくしてくれたものである。15回目を迎える今年の野球教室には、8人の元プロ野球選手たちが参加してくれた。
3コール目で中村が電話に出た。
「おー松ちゃん、おはよう。今日はフューチャーズの野球教室だったよな?」
フューチャーズとは、元プロ野球選手たちによって結成された野球チームで、少年野球教室はフューチャーズと対馬市が共同で開催する形で行われている。
「おはよう。さっき始まったとこだよ。坊主たちは、みんな目を輝かせてキャッチボールしてるよ。天気もいいし、気持ちいいよー。それよりも、まずはおめでとう!」
「ありがとう松ちゃん。なかなか決められなかったからちょっと不安になってたんだけど、ようやく決まったよ。でもなー、打力で優勝したようなもんだから、2軍とはいえピッチングコーチとしてはちょっと申し訳ない気持ちもあるんだけどな」
「それでも、いい若手も出てきてるじゃないか。ゲンちゃんの指導の賜物たまものだよ」
「そう言ってもらえるとありがたいよー。下でいいボール投げてて、それなりに結果も出してたのがふたり、上で優勝に貢献してくれたから、俺としてはそれが一番嬉しいよ」
「コーチ冥利みょうりきるなゲンちゃん。今日はいろいろ忙しいんだろ。また後でゆっくり電話するよ。『おめでとう』を言いたかっただけだから」
「そうかい松ちゃん。俺からもまた電話するよ。ありがとな」
そう言うと、中村元雄は電話を切った。すると、すぐに松尾の携帯が鳴り出した。対馬市長の阿比留あびるはじめである。昨夜、一緒に飲んでいた相手だ。
「先輩、おはようございます……」
「お前、大丈夫か? だいぶ酔っぱらってたみたいだけど……」
「俺、あんまり覚えてないんですけど……。先輩に何か変なこと言ってませんでしたか?」
「やっぱり覚えてないんだな。まぁ変なことは言ってなかったと思うが、お前が相当ストレスため込んでることはよくわかったぞ。今日の野球教室には顔出さないのか?」
「昨夜の歓迎会で挨拶することだけが俺の仕事ですから。俺が行ったって何の役にも立ちません。秘書の橋本はしもとが写真を撮りに行くと思いますけど、俺は遠慮しておきます」
「そうなのか。わかった。とにかくお前、あまりため込むなよ。俺で良かったらいつでも聞くぞ。役には立てんがな……」
「ありがとうございます、先輩。先輩だけが頼りです。あっ、頭痛い……」
「二日酔いだろう。俺ですらちょっと酒が残ってるくらいだからな。今日はゆっくり休めよ」
「そうします……。ありがとうございます」
阿比留は小学校から高校まで、松尾のふたつ下の後輩である。家が近所だったこともあり、幼い頃から松尾は阿比留にとって頼りになる兄貴的な存在で、松尾も阿比留を可愛がってきた。ともに50歳を超え、阿比留が対馬市長になった今でもその関係は変わらなかった。
松尾は、小学校のときの少年野球チームをかわきりに、中学、高校と軟式なんしき野球部で活躍した。松尾が卒業した翌年、1977(昭和52)年から対馬高校でも硬式こうしき野球部が活動を開始したが、松尾が高校在学中には、まだ軟式野球部しかなかった。それでも軟式野球部の中心選手として活躍し、チームが九州大会まで進んだことで、松尾は、九州の社会人野球チームとしては強豪であった電電九州硬式野球部から入社の打診だしんがあった。硬式野球に不安があった松尾は悩んだが、電電九州の監督から熱心に誘われ入部を決めた。電電九州硬式野球部は、熊本に拠点きょてんがあり、松尾は熊本で社会人野球選手としての生活をスタートさせた。当然のように目標はプロ野球選手になることである。松尾にとっては初めての硬式野球であったが、主にサードのポジションで1年目からレギュラーを獲得。このときのエースが中村元雄である。しかし、中村がプロに進みチームを去った翌年、松尾は腰を痛めてしまう。その後、ひざ、肩と連鎖れんさ的に故障。入社5年目で野球に見切りをつけ、対馬に帰って運送会社に就職した。
故障に苦しんでいるとき、松尾は、彼を献身けんしん的に支えてくれた野球部のマネージャーの女性と恋仲になった。だが、対馬に帰る際、松尾は「一緒に来てくれ」とは、どうしても言い出せなかった。熊本市内に実家があるその女性にとって、離島である対馬は、想像できないほど田舎であり、暮らしていけるはずがないと思っているものだと、勝手に松尾は決めつけていた。対馬に帰る日、熊本駅のホームでその女性に渡された手作りのお守りを、妻には内緒で松尾は今でも大切にしている。
対馬に帰り、運送会社で働くようになった翌年、知り合いのすすめで見合いをして結婚した。幸子さちこというその女性は、「ゴツゴツした顔に似合わない優しい目をしてるね」と言ってくれた。子宝には恵まれなかったが、たまに喧嘩をしながらも夫婦仲良く暮らしてきた。はたから見れば、松尾は妻の尻に敷かれているように映るかもしれないが、松尾自身は亭主関白でやってきたつもりである。
対馬に帰ってきて10年目、松尾は、「指導者不在で消滅している少年野球チームを復活させたいので、監督になって欲しい」と、厳原小学校の教頭から要請ようせいされ、こころよく引き受けた。それ以来、松尾は、ずっと厳原の少年野球に関わってきた。
松尾が中村に頼んで始まった年1回のフューチャーズによる野球教室では、フューチャーズの元プロ野球選手たちの宿泊先や歓迎会の手配、参加する野球少年の募集まで、世話役として市役所の職員とともに、毎年、奮闘ふんとうしてきた。
キャッチボールが終わり、野球教室はピッチングの班、バッティングの班、守備・走塁練習の班に分かれての指導が始まった。松尾は、見学に来ていた参加者の父親と談笑しながら野球教室を見ていたが、そこへ市長の秘書をしている橋本大輔だいすけが声をかけてきた。一眼レフカメラを手にしている。
「松尾さん、おはようございます」
「あー橋本くん。おはよう。橋本くんが写真を撮りに来るって、さっき阿比留から聞いたよ。せっかくの休みなのに大変だね」
「これも大事な市長秘書の仕事ですから。松尾さん、市長ブログ用に撮らせてもらっていいですか?」
「うん。いいよ。どういうポーズがいいかな?」
「特にポーズを決めるのではなく、自然にグラウンドの方を見てる感じでいいですか?」「わかった。それじゃ、これでどうかな?」
松尾は腕組みをしてグラウンドを眺めながら笑顔をつくった。
「ありがとうございます。それでは撮ります。ハイ! もう1枚お願いします。ハイ! ありがとうございます」
「昨夜は阿比留と一緒だったんだけど、あいつだいぶストレスたまってるようだね。橋本くんも大変だと思うけど、あいつの力になってやってよね」
「私でお役に立てることは何でもやらせてもらいます」
「阿比留はずいぶん橋本くんのことを頼りにしてるようだからね。いつも『橋本は本当に仕事ができる』って言ってるよ」
「本当ならありがたいです。市長にはいろいろと勉強させてもらってますから、私の方が市長に感謝しています。それじゃあ、また後で写真お願いします」
そう言うと、橋本は、野球少年たちの撮影に戻っていった。松尾は、橋本と言葉を交わしたことで、昨夜の阿比留との会話を思い出していた。
対馬市長である阿比留啓は、私立福岡大学を卒業後、厳原町役場の職員を10年間勤め、33歳のときに厳原町議会議員に初当選した。以後、厳原町議会議員と対馬市議会議員として長年活動してきたが、不正の疑いがあった前市長の対抗馬として、各方面から出馬を強く要請され、最後は妻の反対を押し切って市長選に出馬した。阿比留自身、「市政を何とかしたい」という思いが強かったからだ。
そして島をふたつに割ってしまうほどの大激戦だった選挙戦を制して当選。対馬市の市政は阿比留にたくされた。だが、覚悟はしていたが、新市長が直面した現実は厳しかった。財政難という言葉では表せないほど、対馬市の台所事情は悪化していた。過疎の市町村がみなそうであるように、税収は年々減少し、補助金に頼るしかない。行政サービスも見直しを迫られているが、高齢化が進んでいるため、福祉に関する費用はカットできない。自らの給与を大幅カットし、市職員や市議会議員にも給与カットを迫っているが、いろいろと難癖なんくせをつけられては退けられてきた。市長室でひとり執務しつむにあたっていても、
「市の財政を好転させる秘策がないものか……」
こうつぶやいてしまう。その後は決まってため息である。市の財政難は、阿比留の頭から離れることはなかった。
松尾と阿比留は、フューチャーズの元プロ野球選手たちが来島した前日の夜、ともに美津島の対馬グランドホテルで行われた歓迎会に出席した。それぞれ感謝の意を述べる挨拶を行い、元プロ野球選手たちと談笑だんしょうした後、歓迎会が終わると、一緒に厳原へ帰り、1時間ほど居酒屋で飲んだ。阿比留が松尾に何か話したそうにしていたことを松尾が敏感に察したからだ。
「先輩、俺も野球続けていれば良かったな~って、野球教室の度に思いますよ」
「あの時、俺がどれだけお前に『続けろ』って言ったか覚えてないのか。外野フライが捕れないからって、半年でめやがって」
小学4年のとき、少年野球チームを辞めようとしている阿比留に対して、熱心に「続けろ」と言ったのは松尾だった。
「あのとき先輩が、いや、トシ兄が、もう少し熱心に説得してくれてれば、俺もフューチャーズの一員だったかもしれないのに……」
「外野フライが捕れなきゃプロにはなれないな~」
「それもそうですね~」
阿比留のごとに付き合っていた松尾だが、居酒屋に来た本来の目的を忘れたわけではない。
「お前、俺に何か話があるんじゃないのか? 何かお前が話したそうにしてたから、ここに来たんだぞ」
「話? あ~、あるにはありますけど……。先輩に話したって、解決するような問題じゃないですから……」
「そうなのか? まぁでも、誰かに話すことで楽になることもあるぞ。俺に話してみろ」
これまで松尾はいつも阿比留の相談に乗ってきた。市長選挙の出馬を迷っていた阿比留の背中を押したのも松尾だった。阿比留は松尾を誰よりも信頼している。困ったときにはいつも松尾に頼りたくなる。そしていつも松尾の「俺に話してみろ」という言葉を引き出してきた。
「先輩、明日の野球教室に参加する子どもたちが大人になる頃、対馬はどうなっているんですかね~」
阿比留はかなり酔っぱらっていた。
「市長のお前が対馬の将来に不安を抱いてどうする。しっかりしてくれよ」
「しっかりしなきゃいけないってことは、俺だってわかっているんですけどね……。現実は厳しいんですよ。現実は……」
「何がそんなに厳しいんだ?」
阿比留の答えは分かっていたが、松尾はあえて尋ねてみた。
「先輩も人が悪いですね~。財政ですよ。財政……。もう厳しいなんていうレベルの話じゃないことは先輩もわかってるでしょ。会社なら倒産ですよ。対馬市は……」
「そんなに厳しいのか……」
「先輩、何かありませんか? 対馬の財政をこうパァーと明るくしてくれる劇的なアイディアは」
阿比留はグラスを持った右手と左手を同時に上に振り上げながら言ったため、ビールがテーブルにこぼれてしまった。
「おいおいお前……、そんなに酔っぱらって……」
おしぼりでテーブルをきながら松尾は阿比留をたしなめた。
「すみません……。もう俺の味方は先輩しかいないんですよ」
「野球しか知らない俺に言われてもなぁ……。橋本くんをお前に紹介してくれたあいつ、よくテレビで顔は見るんだけどな……。あのー……、そうそう辻村つじむら。辻村なら何かいいアイディアを……」
松尾が辻村という名前を口にした途端とたん、阿比留の目の色が変わった。
「あいつはダメです。あいつだけはダメです。俺はね先輩、どうしてもあいつが嫌いなんですよ」
「だってお前、選挙の時、辻村はいろいろと世話してくれたみたいじゃないか。あいつが連れてきてくれた橋本くんだって、お前はいつも『仕事ができる』ってありがたがってるじゃないか。そんなに仕事ができる人間だったら、普通は自分のところに置いておきたいって思うものじゃないのか? それをお前のためならって、対馬行きを頼んでくれるなんて、友だち思いのいい奴じゃないか?」
「そりゃ選挙の時はあいつにはいろいろと世話になりましたし、大学で少し地方行政を勉強してた橋本を秘書にって寄こしてくれたことには本当に感謝してますよ。橋本は本当にできる男ですから。選挙だって、正直、今や対馬出身の有名人ナンバーワンになっちゃったあいつの応援がなかったら当選していなかったかもしれません。でもね先輩、俺は、あいつが俺にいろいろしてくれるたびに怖いんですよ。何かえさをまかれてるみたいでね」
「餌をまかれてるって、お前……。お前がそんな風に感じてるんじゃ仕方ないな……」
「だからね先輩、先輩も考えてくださいよ。辻村の世話になるなんてことじゃなくて、俺たちの力で、対馬の財政を好転させることができる何かを、何かをね……」
阿比留は寝てしまった。「こいつも大変なんだな……」と思いながら、松尾は阿比留をタクシーで家まで送り、自宅へ帰った。

フューチャーズの野球教室は昼の12時に終了し、松尾は元プロ野球選手たちや野球少年たちが整列した前で、閉会の挨拶を行った。終了後、商工会議所から差し入れられた弁当が参加者に配られ、15回目となったフューチャーズの野球教室は無事に終了。元プロ野球選手たちは、バスに乗り込む前に、参加した野球少年全員と握手を交わした。名残惜しそうにしていた野球少年たちだが、清水が丘多目的広場から離れるバスを笑顔で見送り、各自同伴していた父親や母親とともに家路へついた。
野球少年たちにとって、プロ野球選手は、雲の上の人、サインボールをもらうだけで小躍りするほどあこがれの存在である。ましてや離島である対馬の野球少年にとって、会う機会などほとんどなかった。それがフューチャーズの野球教室が始まってからは、毎年、直接指導を受けることができるようになった。松尾の教え子であり、フューチャーズの野球教室に参加していた子の中からプロ野球選手が生まれたこともあり、今では参加希望者が50人を超え、隣の島である壱岐いきや、長崎、福岡からも参加者が来るようになっている。地方新聞で度々取り上げられ、年々知名度が上がってきた。指導を受ける野球少年たちの輝く目を見るたびに、喜びがあふれ、ほこらしげな気持ちになる松尾であった。

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