平成の怪物、松坂大輔

リトルシニア時代から知られていた松坂の名前

「平成の怪物」の伝説は、横浜高校入学以前から始まっていました。中学時代の彼は、練習嫌いな一面を見せながらも、その才能はライバルの進路をも変えるほど突出していました。その中学時代の仲間との運命的な出会いが、後の甲子園での栄光へと続く道を切り開くことになります。

練習嫌いで知られた江戸川南リトルシニア時代

「平成の怪物」として球史にその名を刻む松坂大輔。その伝説は横浜高校で全国に轟くことになりますが、その片鱗はすでに中学時代から現れていました。当時、松坂が所属していたのは東京都江戸川区の強豪チーム「江戸川南リトルシニア」。入団当初の彼は「小さくて小太り」と評され、決して目立つ存在ではありませんでしたが、身長が伸びるとともに才能が開花し始めます。指導者が「何か持っている」と感じる一方で、走ることを嫌う「練習嫌い」としても知られ、練習を回避するために骨折したという逸話からもいかに彼が練習嫌いであったかがうかがえます。しかし、その実力は本物でした。江戸川南リトルシニアのチームメイトで、後にプロ野球選手となる小谷野栄一は、松坂が横浜高校への進学を決めたことを知ると、「松坂が横浜にいては、神奈川から（他校が）甲子園に出るのは無理」と判断し、自身の進路を神奈川の強豪校から東京の創価高校へ変更したといわれるほどです。まだ1球も高校で投げていない投手が、ライバルの進路を左右するほどの存在として認識されていたのですから驚きです。

中学3年時に日本代表に選ばれる

練習嫌いであったもののその才能を野球の神様に認められた松坂大輔は、中学3年生の時、日本代表に選出され、ブラジルへ遠征します。そのときの出会いが松坂大輔とその仲間たちの進路に大きな影響を及ぼしました。この時、日本代表に松坂とともに選出されていた小池正晃、小山良男、常盤良太から「俺たち4人が集まれば、日本一になれる」と熱心に誘われ、悩んだ末に松坂は仲間と共に頂点を目指す道を選んだのです。当初、松坂は東東京の強豪・帝京高校への進学を考えていたといいます。しかし、すでに横浜高校への進学を決めていた小池らの説得に応じて運命の決断をしました。まるでドカベンの世界のような1998年の夏の選手権大会の中心にいた横浜高校の始まりは、松坂が横浜への進学を決めたこの時でした。

猛者たちが集結した中での春・夏連覇

1998年の高校野球は、後に「松坂世代」といわれる個性的な選手たちが熱戦をくりひろげましたが、その中心には松坂大輔という大エースを抱える横浜高校がいました。3年生となった松坂擁する横浜は、春のセンバツ大会を圧倒的な力で制すると、夏の選手権では歴史に残る数々のドラマを演じます。PL学園との死闘、明徳義塾戦での奇跡の逆転劇、そして決勝でのノーヒットノーラン。その投球は、高校野球の歴史を塗り替える伝説となりました。

圧巻の投球で掴んだ春の栄冠

1998年、松坂大輔を擁する横浜高校は、まず春の甲子園でその強さを見せつけました。第70回選抜高等学校野球大会で、25年ぶり2度目の優勝を飾ったのです。その中心にいたのがエース松坂大輔です。彼は全5試合を1人で投げ抜き、うち3試合を完封。45イニングで43奪三振、防御率0.80という圧巻の成績を残しました。2回戦の報徳学園戦で甲子園デビューを飾ると、準々決勝まで危なげなく勝ち進む「横綱相撲」を展開。最大の山場は準決勝のPL学園戦で、後に夏にも死闘を演じることになるライバルを相手に、9回にスクイズで決勝点を奪い3-2の辛勝で決勝戦へ駒を進めました。そして決勝の関大一戦では、再び圧巻の投球を見せ3-0で完封勝利。見事、紫紺の優勝旗を手にしました。しかし、この春のセンバツ大会制覇は、後に続く夏の伝説への序章に過ぎなかったのです。

まるでドカベンの世界のような98年夏の選手権

1998年、春の選抜高等学校野球大会を制し、春夏連覇の期待がかかる中、松坂大輔を擁する横浜高校は、神奈川大会を勝ち抜き、夏の甲子園に乗り込みました。この年の甲子園には、杉内俊哉（鹿児島実）、新垣渚（沖縄水産）、和田毅（浜田）、村田修一（東福岡）など、後に「松坂世代」と呼ばれるスター選手たちが全国から集結していました。その中でも松坂の活躍は群を抜いていました。

主な「松坂世代」の選手(98年の選手権に出場していない選手も含む)

PL学園との死闘（準々決勝）

1回戦で柳ケ浦を6-1、2回戦では1回戦の八戸工大一を相手に16個の三振を奪いノーヒット・ノーランを達成した杉内俊哉擁する鹿児島実業を6-0と下した横浜。3回戦でも星稜を5-0と退け、準々決勝では、春の選抜準決勝で辛勝したPL学園と対戦しました。この試合は、延長17回、3時間37分にも及ぶ歴史的な死闘となりました。試合は互いに点を取り合うシーソーゲームとなり、松坂は一人でマウンドを守り続け、投球数は250球に達しました。延長に入ってから、幾度も訪れるピンチを松坂が気力で乗り越え、その熱闘に応えるように、試合を決めたのは、松坂を横浜進学へ誘った1人常磐良太でした。7-7で迎えた17回表、常盤が値千金の2ランホームランを放ち、ついに均衡が破れました。その裏、松坂は最後の力を振り絞りPL打線を三者凡退に抑え、9-7で激闘に終止符を打ったのです。

準決勝での奇跡の大逆転と決勝戦でのノーヒットノーラン

前日の激闘の疲労から、松坂は翌日の準決勝の明徳義塾戦では先発を回避し、「四番・レフト」で出場しました。試合は明徳義塾ペースで進み、8回表終了時点で横浜は0-6と絶体絶命の窮地に立たされます。しかし8回裏、横浜打線が猛反撃を開始し4点を返すと、球場の雰囲気は一変しました。そして9回表、松坂が右肘のテーピングを剥がしてマウンドに上がると、甲子園は割れんばかりの「松坂コール」に包まれました。その声援を背に松坂は明徳打線を無失点に抑えると、その裏、横浜は同点に追いつき、最後はサヨナラ勝ちという劇的な幕切れで決勝進出を決めました。連投の疲労がピークに達しているはずの決勝・京都成章戦。しかし、平成の怪物の伝説はここでクライマックスを迎えます。松坂は圧巻の投球を見せ、決勝戦では、1939年の海草中、嶋清一以来、史上2人目、59年ぶりとなるノーヒットノーランという偉業を達成。横浜高校は3-0で勝利し、史上5校目となる春夏連覇を成し遂げました。

衝撃のプロデビュー戦からメジャーへの挑戦、そして引退

プロの世界でも「怪物」は輝きを放ち続けました。衝撃的なデビュー戦から西武のエースとして一時代を築き、国際舞台では日本を世界の頂点に導きました。メジャーリーグでのワールドシリーズ制覇という栄光を掴む一方、度重なる故障との長い戦いを経験。それでもマウンドに立ち続けた不屈の野球人生は、多くのファンに感動を与え、2021年、プロで初めてユニフォームに袖を通した西武ライオンズで選手生活の幕を閉じました。

プロデビューと「自信から確信へ」

夏の選手権でも頂点に立った松坂大輔は、その年のドラフトで横浜、日本ハム、西武の3球団から1位指名され、交渉権を獲得した西武ライオンズへ入団します。そして、翌99年4月7日の日本ハム戦でプロデビューを飾ると、同年5月16日には、当時5年連続首位打者だったオリックスのイチローと初対決。日本中が注目したこの対戦で、松坂は3打席連続三振という衝撃的な結果を残しました。試合後のヒーローインタビューで放った「自信が確信に変わりました」という言葉は、新たな時代の幕明けを告げる名言として語り継がれています。

西武のエース、侍ジャパンのエースとして

1年目から16勝を挙げて最多勝と新人王を獲得。以降、西武での8年間で最多勝3回、最優秀防御率2回、最多奪三振4回、沢村賞1回など、数々のタイトルを手にし、球界を代表するエースへと成長しました 。国際舞台での活躍も目覚ましく、特にワールド・ベースボール・クラシック（WBC）では日本のエースとしてチームを牽引。2006年の第1回大会、2009年の第2回大会で、2大会連続のMVPに輝くという前人未到の快挙を成し遂げています。2大会通算で6戦6勝、防御率1.95という圧倒的な成績は、彼の勝負強さを物語っています。

メジャーリーグへの挑戦と苦難、日本復帰、そして引退

2006年オフ、松坂は、ポスティングシステムを利用してボストン・レッドソックスへ移籍。メジャー1年目の2007年には15勝を挙げ、ワールドシリーズでは日本人初の勝利投手となり、チームの世界一に大きく貢献しました。翌2008年には自己最多の18勝を記録し、メジャーでもトップクラスの投手としての地位を確立しました。しかし、2009年以降は度重なる故障に悩まされ、2011年には右肘のトミー・ジョン手術を受けるなど、長く苦しいリハビリ生活を余儀なくされました。2015年に福岡ソフトバンクホークスで日本球界に復帰するも、怪我の影響は深刻で、3年間の登板は1回に終わります。2018年には中日ドラゴンズへ移籍して6勝を挙げ、カムバック賞を受賞し、多くのファンに感動を与えますが、翌年には2試合に登板したのみで勝ち星はなく、2020年からは古巣の西武ライオンズに復帰します。しかし、長年酷使してきた肉体は限界に達しており、右手のしびれや首の痛みが悪化。2021年シーズン限りでの現役引退を決断しました。引退試合では、横浜高校の後輩である日本ハムの近藤健介と対戦。万感の思いを込めた5球を投げ、四球を与えたところで、23年間の現役生活に幕を下ろしました。試合後の引退セレモニーでは、長年のライバルであり盟友でもあったイチローがサプライズで登場。花束を渡されると、平成の怪物の目からは涙があふれました。

まとめ

輝かしい栄光の反面、故障してからの壮絶な苦難と世間の厳しい目にさらされた松坂大輔の野球人生ですが、「平成の怪物といえば誰か？」という問いに、ほとんどの人が彼の名前を挙げるほど、松坂大輔という投手は、時代を象徴する存在だと思います。1998年の高校野球で頂点を極め、日米のプロ野球界を席巻し、世界を舞台に戦ったその姿は、これからも多くの人々の記憶に残り、語り継がれていくことでしょう。