6
対馬市長、阿比留啓は退役軍人たちの抗議行動を市長室の窓越しに見ていた。事前に伝えられてはいたが、現実にシュプレヒコールを浴びせられ、日の丸を焼かれると、気が滅入った。あの老人たちが自分に向かって言葉を発しているわけではないと理解していても、今、対馬が置かれている複雑な立場を改めて思い起こさせられた気分だった。
退役軍人たちがバスに乗り込み、対馬市役所前から姿を消したことで、阿比留はホッと胸をなで下ろした。「フゥー」と大きく息を吐き、執務を行う机に向かって腰を下ろしたとき、「トントン」と市長室のドアをノックする音がして、秘書の橋本が入ってきた。
「市長、社長がいらっしゃっています」
「社長?」
「も、申し訳ありません。辻村さんです」
「やっぱりそうか……。今、退役軍人のじいさんたちに文句言ってたの、やっぱりあいつだったのか……。あの甲高い声はあいつだよな」
「はい。そうです。私も隣の部屋の窓から見てましたが、『あっ、社長だ!』って思ってました」
「君は最近、あいつと連絡を取り合ったりしているのか?」
「3か月に1度ぐらい、『元気にやっているか?』とお電話をいただくんですが、お会いするのは1年ぶりですね」
「そうなのか‥‥。君と初めて会ったときにも言ったが、私は今でもあいつが苦手でね。選挙のときにあれほど世話になっていながら、私はどうしてもあいつを心のどこかで信用しきれないんだ。高校の同級生だけど、正直、高校時代は、嫌いだったんだよ」
「珍しいですね。市長が誰かのことをはっきり『嫌いだ』って口にするなんて」
「あいつはいつも人が大事にしている場所に土足で踏み込んでくるんだよ。そしていつの間にか自分のペースに巻き込んでめちゃくちゃにして去っていく。そういうやつだよ。辻村ってやつは」
「なんとなくですが、おっしゃっていることはわかります」
「そうだろ。今、山猫ネットのテレビショッピングであいつの顔を見ない日はないけど、なんか裏がありそうな笑顔じゃないか?」
「そうですね。世間的には市長がおっしゃっているように見ている方がいらっしゃるかもしれませんね。もちろん私は社長を心から信頼していますし、尊敬していますが‥‥」
「まぁ、あいつとの付き合いは君の方が私よりずっと深かったんだろうから、君の方が今のあいつのことはよくわかっているのかもしれないな。でも、私には、高校時代のあいつの印象が強烈すぎて‥‥。嫌な思い出があるからかなぁ‥‥。今のあいつを高校時代のあいつと別の視点で見ることができないんだ。でも、選挙の時、あいつに世話になったのは事実だし、実際、あいつにとって、とても大事な存在だった君を、『必ずお前の役に立つから』って、半ば強引に私のところへ連れて来てくれたんだから感謝しなくちゃいけないんだけど」
「強引ではないです。お話をいただいたときは迷いましたが、大学時代から地方行政に興味をもっていましたから、私の意思で阿比留市長のお手伝いをさせてもらいにやってきました。社長からは『お前が戻って来たくなったらいつでも戻ってくればいいから』と言ってもらっていますし。もちろん今は毎日が充実していますから、山猫ネットに戻る気は全くありませんが」
「正直に言うと、君に来てもらうかどうか、あのときはかなり迷ったんだ。辻村が私を監視するために君を寄こしているんじゃないかとか、いろいろ考えてしまったからね。でも本当に君はよくやってくれている。辻村も選挙後は、忙しいのもあるんだろうが、ぱったりと連絡して来なくなったし、君が辻村のところで働いていたことを忘れかけていたくらいだ」
「私も対馬に来てからの1年半、山猫ネットのことも気にはなっていましたが、日々の業務に追われて、自分から辻村社長に連絡することはありませんでした」
「それにデートも忙しいだろうしな。対馬病院の看護師さんだったね」
「は……い。彼女には夜勤もあって、どこかへ一緒に出かけることは難しいんですが、この前、久々に休みが合って、厳原町内をドライブしてきました」
「どこへ行ったんだい?」
「はい。久田のお船江から内山の鮎もどし公園へ行って、椎根の石屋根を見て、最後に上見坂公園へ回って帰ってきました。やっぱり上見坂から見る浅茅湾はなんか迫力がありますね」
「そうだな。俺たちは子どものときから遠足で何度も行ってて見慣れてるけど、初めてあの景色を見ると、ちょっと驚くかもしれないな」
「遠足で行ってたんですか? 上見坂まで。歩いてですか?」
「そうだよ。歩いて行ってたよ。遠足の定番と言えば、上見坂か有明山だったな。この歳になると、有明に登るなんてもう出来ないなぁ」
「僕も一度、有明山には登ってみたいと思ってるんです。そんなことおっしゃらずに市長、一緒に登りませんか?」
「無理無理! そんなことしたら一週間は筋肉痛になりそうだ。彼女と登ってくればいいじゃないか。君達は若いんだから、体力もあるだろう」
「いや、彼女は、体を動かすことは好きじゃないみたいです」
「そうなのか……」
「はい。この前みたいに車でどこかへ出かける方がいいみたいですね」
「それでドライブデートだったわけだ」
「そうですね。彼女が行きたいっていうところへ行きました。鮎もどし公園や上見坂公園には、家族連れがいて、とても楽しそうだったんですが、それを見て、彼女が『羨ましいなぁ……』ってポツリと言ったんです。それがすごく心に響きました」
「そうかい。君もそれなりの歳になってきたんだし、そろそろ考えてるんじゃないのか?」
橋本は、10月の誕生日で36歳になる。福岡県久留米市出身で、大学は一橋大学法学部。大学卒業後、外資系の商社に就職したが、28歳の時、福岡に本社を置く山猫ネットに転職。阿比留が市長に当選後、対馬に渡り秘書となった。山猫ネットの社員として福岡で暮らしているときに福岡大学病院で働いていた看護師の女性と交際を始め、交際している女性も2015(平成27)年5月、対馬病院の開院時に看護師として採用され対馬に来た。結婚式はまだだが、ふたりは厳原で一緒に暮らしている。
「はい。彼女も来年30歳になるんで、私もそろそろと思っているんですが、具体的にはまだ……」
「そうか……。結婚式の日取りが決まったら一番に教えてくれよ」
「はい。そのときは市長に仲人をお願いできればと……」
「えっ、そうか。君はてっきり辻村に頼むもんだとばかり思ってたが……」
「辻村さんは独身ですから……」
「そう……だったな。ところで、今日は何の用なんだ? 退役軍人のじいさんたちを追い払って俺にいいとこ見せに来たのか? 君は何か聞いてるのか?」
「いえ私は何も」
「そうか。わざわざ福岡から来ちゃったのなら仕方ない。5分だけ時間つくるからって伝えて、ここに通してくれ」
「わかりました」
橋本は部屋を出て行った。
しばらくしてドアをノックしながら辻村が入ってきた。入ってくるなり、辻村の甲高い声が阿比留の耳に飛び込んできた。
「よう、市長。久しぶり~。俺の活躍見てくれてたか~?」
「何のことだ?」
阿比留はわざととぼけてみせた。
「さっき俺が韓国のじいさんたちを追っ払ってやったの見てなかったの?」
「見てたけど、お前が追っ払ったんじゃなくて、やることやったから帰っただけだろ……」
「そうかな~? それにしてもあのじいさんたち、不毛なことやるもんだね~。よっぽど暇なのかな~」
「そんなことより、何の用だ?」
阿比留はわざと面倒臭そうに言った。
「阿比留~、お前、久しぶりに会いに来たのに、もっと何かないのか~? 『元気か~?』とか『会いたかったぞー』とかな~」
「俺は別にお前に会いたくはないからな~」
「またまた~、心にもないこと言っちゃって~」
阿比留は、高校時代と変わらない辻村のこういう軽薄なところが嫌いだった。
「いや、ホントに、お前に会いたいと思ったことはない!」
「え~っ、ホントにそうなの~? お前、俺に冷たいね。さてはお前、俺のこと嫌いだな?」
「あー嫌いだ」
「えーっ、ホントに嫌いなの~? そんな寂しいこと言うなよー。もう40年の付き合いなんだからさー」
「間の30年以上は会ってなかったじゃないか……。それで、今日は何の用なんだ? 5分しか時間ないぞ。さっきの騒ぎの件で、テレビのインタビューがあるそうだから」
「お前もついにテレビデビューなのか? 緊張しないように俺が側にいてやろうか?」
「バカ! お前がいると、ことがややこしくなるだろうが。とりあえず用件を言え!」
「そうか……。それじゃ本題に入ろう。お前、IRって知ってる?」
「IR?」
「そう、IR、インテグレイテッド・リゾートよ」
「統合型リゾートだったよな。それがどうした?」
「そのIRをこの対馬でやらないかって話だよ」
「はぁ~? 対馬のどこでだよ」
「浅茅湾!」
「浅茅湾って、お前……。浅茅湾のどこでだよ?」
「具体的にどこってのはまだないんだけどな。浅茅湾に面した一角を整地してリゾート施設を作るんだよ。とてつもなく豪華なスイートルームがあるホテルを建てて、そこには当然カジノを入れてな。全国の公営ギャンブルの馬券や車券、舟券が買える場外施設も併設させたいね~。浅茅湾で水上スキーやパラセイリングなんかのマリンスポーツができるようにするんだ。水族館をつくったり、でっかい観覧車や、海の上を疾走するジェットコースターもつくりたいな~」
一気にまくしたてた辻村は、誇らしげな表情になった。
「お前、またすごいこと考えるな~……」
「そうだろ。さすが俺だろ? 将来的に必ず対馬市を潤してくれるぞ。間違いなく!」
「それは上手くいけばの話だな」
「上手くいくよ。IRが実現すれば、今、韓国へカジノやりに行ってる外国人観光客が日本へ流れて来るっ言われてるんだ。普段からカジノやってる韓国人も対馬に来るようになるし、カジノがあれば日本人の観光客だって確実に増えるぞ」
「それはそうかもしれないが、その施設をつくるのにどれだけお金がかかると思ってるんだ。対馬市にはそんなお金はないし、出資してくれる企業へのコネもない」
「俺がいるよ。お金のことは俺に任せとけって。うちの会社でもかなりの額を出資するし、俺には財界へのコネもある。政治家も何人か知ってるから、俺に任せてくれたら万事上手くやってみせるよ」
そう言うと、辻村は自分の胸を右手で叩いてみせた。これに対し、阿比留の表情は一気に険しくなった。
「ダメだ、ダメだ。そんなこと、お前にだけは任せられない。ただでさえ、俺が選挙で当選した後、お前と俺の関係を疑う議員がいたくらいだから、そんなことお前にやらせたら議会で何を言われるか……。とんでもないことになるに決まってる」
「最初は目立たないように資金集めするから大丈夫だって」
辻村は背中を丸めて、両手をこすり合わせながら小声で言った。
「万が一、それがばれたらどうするんだ? 俺はそんなことで辞職したくない。それにだ、お前はさっき、さらっと『整地』って言ったが、要するに山を削って平らにするってことだよな。対馬の大事な自然をお前は切り刻むようなことができるのか?」
「切り刻むって、お前、大げさな……」
辻村は両手を下げて肩を上げ、困惑した表情をしてみせた。阿比留はより険しい表情で言った。
「大げさなんかじゃない。リゾート開発=自然破壊だよ。それとカジノはダメだ。対馬にはほとんど娯楽らしい娯楽がない中で、パチンコが大盛況なのはお前も知っての通りだ。依存症とまではいかないまでも、給料のほとんどをパチンコにつぎ込んでる人がどれだけいるか……。カジノがあったらもっと大変なことになる。カジノは絶対にダメだ!」
「なるほど……。阿比留らしいな……。お前がすぐに『よし、やろう!』って言うとは思ってなかったけど、かなりの拒否反応だな……。だがな阿比留、俺は諦めないぞ。対馬のことを思ってるのは、俺もお前と一緒だ。市の台所事情はとてつもなく苦しいんだろう。国会で法案が通って、動き出したら、またお前と話しに来るよ」
「何度来てもダメなものはダメだ!」
阿比留はきっぱりと言い聞かせるように言った。
「そうか、そうか。まぁ、今日はこのくらいにしておこう。福岡に来ることがあったら、ここに連絡してくれよ。この前、オフィスが引っ越ししたんだ。オフィスの方にしてくれよな。携帯は電源切ってることが多いからな。オフィスだったら秘書が常駐してるから確実に連絡取れるからさ。美味いもんでも喰おうや。橋本も一緒にな。水炊きでもどうだ? 美味い店知ってるぞ~」
そう言うと、辻村は、新しい名刺を置いて市長室を出て行った。
7
阿比留と辻村久志の出会いは、およそ40年前、対馬高校の入学式の日だった。
当時の対馬高校は、旧下県郡厳原町桟原、現在は厳原中学校がある場所にあった。現在、対馬高校は厳原市街地を見渡すことができる観光道路沿いに移転している。昭和54年の夏、対馬高校が使っていた校舎に厳原中学校が移転し、その後、校舎は新しく建て替えられた。
阿比留らが通っていたころの対馬高校の校舎は木造で古かったが、漆黒の板を重ねた外壁には、学舎としての風格があった。対馬高校当時の門柱だけは現在も残されている。また、校舎の背後には阿須川が流れ、川に近い教室では、川のせせらぎが一日中聞こえてきた。生徒たちにはそれが心地よかった。
阿比留は厳原出身だったので高校へは自宅から通っていた。今でこそ、多くの中学生が長崎県内の他の高校や福岡市内の高校へ進学するようになったが、当時は、対馬から本土の高校へ進学する者はほとんどおらず、中学時代の友人たちは、そのまま高校時代の友人でもあった。
入学式の前、講堂に入る前の廊下で、阿比留が同じクラスになった中学時代の友人のひとりと、部活について話していた時、いきなり会話に割り込んできた男がいた。辻村だった。
「俺は部活決めたよ。ブラバン。吹奏楽。女の子ばっかりでしょ。去年の体育祭の時さー、俺、見に来たんだけど、そん時、すっごいかわいい子がいたんだよ。ブラバンに。俺たちのひとつ上の先輩みたいだけど、俺、決めてたんだ。高校入ったら絶対ブラバン入って、その先輩と付き合うってさー」
「そ、そうなんだ……」
阿比留は「なんて甲高い声なんだ」と思いつつ、会話に割り込んできた痩せぎすのその男にとまどいを隠せなかった。
「そう。さっきさー、先に講堂に入って準備してる吹奏楽部の人たちの中で見つけちゃったよー。半年経ってもやっぱりかわいいなーってね。もう絶対入るよ。ブラバン。君たちもどう一緒に」
「いやーブラバンはちょっと……。ところで、君……、辻村君か……。どこの中学から来たの?」
友人が辻村の名札を見ながら聞いた。
「上県町立伊奈中学校から来ました。辻村久志。1年4組。君たちと同じクラス。よろしく。ところで、阿比留さー、一緒にブラバン入らない? まだ決めてないんだろ?」
出会って1分も経っていないのにいきなり呼び捨て。阿比留が辻村に抱いた第一印象は最悪だった。辻村は、友人と阿比留の会話を聞いていて、自分を誘うために話しかけてきたようだ。
「確かにまだ決めてないけど、ブラバンは止めとくよ。中学の時、3か月だけ入っていたんだけど、やっぱり運動やりたくて卓球部に移っちゃったからね。高校でもやっぱり運動部に入ろうと思ってるよ」
「なんだー、運動部かー。汗にまみれた青春なんて、今どき流行らないよ。女の子に囲まれて楽しくやろうよー」
「興味ないね。彼女つくるために高校入ったわけじゃないし」
「またまたー、堅いこと言っちゃってー。高校生活をエンジョイするには、彼女は絶対だろー。俺、寮なんだけど、昨日、早速、女子寮でかわいい子見つけちゃったよ」
「見つけたって……、ブラバンの先輩と付き合うんじゃなかったっけ?」
「それはそれ。これはこれよ。まぁ、1年間、同じクラスなんだし、仲良くしようよ、あっ、やばい先生だ!」
先生の姿を見つけた辻村は、自分がいた場所へ急いで戻った。阿比留は「珍しいほど軽薄な奴だな」と思った。今までの友人には全くいないタイプだった。第一印象は最悪だったが、同時に辻村に対して興味を抱いたことも確かだった。
入学式が終わり、高校生活が始まると、辻村は度々寮を抜け出して、阿比留の自宅へやって来るようになった。テレビを観るためである。寮にも共有スペースにテレビが置いてあったが、三年生がチャンネル権を握っており、辻村が観たいテレビアニメを観ることはできなかったからだ。辻村に訊ねられて、阿比留は、ついうっかりそのテレビアニメを自分も毎週観ていると言ってしまった。それから毎週、決まった時間に辻村は阿比留の家へやって来るようになった。卓球部に入り、練習でクタクタになって帰宅した阿比留にはおかまいなしにである。口が上手い辻村は、阿比留の両親にも気に入られていた。実家を離れて生活している辻村を、両親は不憫に思っていたようだが、辻村がそう思わせるような言葉を両親に発していたのかもしれない。
辻村の実家がある伊奈は旧上県町にある。対馬北西部の小さな集落で、他の海沿いの集落と同じく、漁業によって生計を立てる家がほとんどだ。
しかし辻村の家は違っていた。集落で唯一の商店を経営し、周囲の山を3つ所有していた。辻村が中学に入学する前、3つの山のうちひとつを売却して、商店を拡張。それが成功して大きな利益をあげた。当時、対馬でもしだいに道路整備が進み始め、離れた集落からでも車で買い物に来る客が増えたためだ。
高校時代、辻村の財布には、聖徳太子の1万円札が常に数枚は入っていた。不思議と阿比留には言ってこなかったが、辻村は、度々、友人たちをお金で使うようになっていた。ちょっとした買い物から、苦手な数学の宿題、体育祭では、花形である班の応援団員になるため、先輩に金を渡して推薦させた。
1年生の夏休みを過ぎた頃、辻村は学校の寮を出て、町の旅館の一室を借りて下宿するようになった。自分の部屋にテレビを置いたこともあり、辻村が阿比留の家に遊びに来ることはなくなった。阿比留の母親は「最近、辻村くん来ないねー」と言っていたが、阿比留自身はホッとしていた。
辻村は、入学以来、何人かの女子と付き合っては別れるをくり返していた。入学式の時に辻村が話していたブラスバンド部の先輩もそのひとりだった。宣言通りブラスバンド部に入った辻村は、最初はその先輩ではなく、同級生のブラスバンド部の女子と付き合った。寮生活をしていた子だった。おそらく入学式の前日に辻村が見つけた「かわいい子」はその子のことだろう。しかし、6月にはもう別の女子と一緒に下校するようになっていた。そして夏休みが終わり、辻村が寮を出て下宿を始めたころから、例の先輩と一緒に下校する姿を見かけるようになっていた。
40年も前の田舎の高校で、男女交際などおおっぴらにできるわけはなく、周囲から見れば、一緒に下校するぐらいが関の山だったが、辻村は友人たちに堂々と交際宣言していた。阿比留も辻村の交際宣言を聞かされていた友人のひとりだ。
不思議なのは、それだけ付き合う女子がかわり、交際していることを堂々と他人に話していれば、大概は他の女子に嫌われるものだが、辻村は違っていた。阿比留には、むしろ女子たちが順番待ちをしているようにさえ感じるほど、辻村はもてた。
外見はいい方だった。痩せていて比較的背が高く、髪形はいつも七三に分けて清潔感があった。私服のセンスも良かった。お金には不自由していなかったため高そうな私服をいつも身につけていて、それが似合っていた。だがそれだけではない。辻村の何よりの武器は話術だ。独特の甲高い声は、決して耳に心地よいものではなかったが、いつもまわりを楽しませていた。
皆、本音はわからないが、阿比留の知る限りにおいては、男子生徒の中にも辻村を嫌っているという者はいなかった。お金で何とかしていたのかもしれないが、怖い先輩に目をつけられるようなこともなかった。阿比留はいつも「クラスの人気者とは辻村のような奴を言うんだな……」と思っていた。
しかし、阿比留は辻村が嫌いだった。入学当初こそ少なからず辻村に興味があった阿比留だが、次第に辻村が嫌いになっていった。最初は辻村に対して抱く嫌悪感は、自分の妬みからきているのかと思ったが、そうではなかった。自分と辻村は根本的に合わない人間なのだ。阿比留は人付き合いに相手との距離感を大事にするタイプだ。だが辻村は阿比留が保とうとする距離を無視して、どんどん内側へ入ってきた。当時はそういう言葉を使うことはなかったが、阿比留にとって辻村は、ウザかった。
1年生の3学期、阿比留が辻村を嫌う決定的なできごとがあった。
阿比留には密かに想いを寄せている女子がいた。隣のクラスの大田美紀という子だ。同じ厳原出身なので、小学校から知っている。とても背が低く、おとなしい感じの子だった。中学3年の時、学級委員だった阿比留は、他のクラスの学級委員だった大田美紀とふたりで生徒会の仕事をする機会があった。生徒会の仕事を一緒にする中で、阿比留は、事務的な会話以外も大田美紀にいろいろと話しかけた。特別に好意を抱いていたわけではなかったが、会話が弾んだ方が楽しく仕事ができると思ったからだ。そんな阿比留だが、会話をしていく中でふたりの共通点を見つけた。映画、そして野球だった。
阿比留もテレビでよく映画を観て、詳しい方だと思っていたが、大田美紀の映画好きは、阿比留を遥かに上回っていた。現在は、厳原にも対馬全体でも定期的に映画を上映している映画館はない。しかし阿比留らが中学・高校生活を送っていた頃には、厳原に映画館があった。しかし、中学生は学校で鑑賞しても良いと許可が出た映画しか観に行くことができなかった。そのため中学生は、ほとんど映画館で映画を観ることはなかった。学校の制服を着ていなくても、狭い厳原の町で無許可の映画を観に行くとすぐに学校にばれてしまう。当然、大田美紀も映画館で映画を観ることはほとんどなかった。だが、一度だけ、映画館で『風と共に去りぬ』が上映された時、映画好きの父親について行った。中学一年のときだ。どうしても観たかった。私服で行き、知り合いに会うことはなく、小柄のため小学生に見えたのか、幸い学校にばれることはなかった。この『風と共に去りぬ』を鑑賞してからはテレビで放送される映画はほとんど観るようになり、当時、何冊か出ていた映画の雑誌を毎月すべて買うようになった。といっても映画好きの父親が娘との会話が増えることを喜んで、買ってきてくれるようになったのだ。
この話を聞いた阿比留は、映画に関しては大田美紀に到底かわないと自覚し、もうひとつの共通点、野球にしぼって会話を進めていった。阿比留は小学4年のとき、町の少年野球チームに入ったが、外野フライを捕ることができずに半年ほどでチームを辞めた。しかし、少年野球チームに入ったことで、テレビの野球中継は欠かさず観るようになる。テレビで放送されるのは巨人戦なので、必然的に巨人ファンになった。当時の巨人は黄金期である。特定の選手に肩入れすることなく、阿比留は巨人の全選手を応援した。毎週、『週刊ベースボール』を書店で買ってきては熟読するようになり、おかげで巨人だけでなく、すべての球団のことに詳しくなった。高校野球にも興味を持つようになり、夏休み期間中は、夏の甲子園大会に釘付けになっていた。母親が「たまには外で遊んだら」と言っても、全く耳を貸さなかった。
大田美紀もまた大の巨人ファンだった。と言っても阿比留のように全選手を応援しているというわけではない。前年のドラフト1位で巨人が指名し、大学を出たばかりのルーキーながらレフトのポジションを掴みかけていた三島豊という選手が特別に好きだと言う。長身の割にとても足が速く、普通は追いつけないような打球に追いつき、追いつけないときにはダイビングキャッチを試みる華麗な守備と、右投げ左打ちの広角に打ち分けるバッティングは、阿比留もテレビを観ていて引き込まれた。大田美紀は、三島が活躍した試合の翌日の新聞を切り抜き、三島の活躍を集めたスクラップブックを作っているという。
阿比留は、生徒会の仕事をしながら大田美紀と巨人の三島豊について語り合った。『週刊ベースボール』を愛読している阿比留は、大田美紀が知らない情報をいくつか持っていたため、ふたりの会話は、いつしか生徒会の仕事の手が止まるほど弾んでいた。阿比留は完全に大田美紀が好きになっていた。
しかし、生徒会の仕事が終わった頃、巨人の三島は怪我によって二軍落ちし、阿比留は大田美紀に話しかけるきっかけを失ってしまった。廊下で大田美紀に会っても奥手の阿比留は、ただすれ違うことしかできなかった。告白することなど、全く考えられなかった。考えないようにしていたという方が正しいかもしれない。背が低く、容姿には自信がなかった阿比留は「告白してもどうせふられる」と決めつけていた。せめて、家にある三島豊の記事が載った『週刊ベースボール』を渡して、また楽しく会話ができたら何か違った展開が待っていたのかもしれないが、阿比留にはできなかった。生徒会の仕事が終わってからは疎遠になった。
ところが高校1年の3学期、阿比留に大田美紀と急接近するチャンスが訪れる。ある日の放課後、卒業する3年生を送る予餞会の実行委員会が開かれ、各クラス2名ずつの代表が参加した。阿比留はクラスの代表として参加したが、となりのクラスの代表に大田美紀がいた。実行委員会が終わった後、資料を片づけながら、阿比留は勇気を出して大田美紀に話しかけた。
「大田さん、演劇部に入ったんだね。文化祭のお芝居、素晴らしかったよ」
映画好きの大田美紀は演劇部に入って、文化祭でフランスの劇作家ジャン・ラシーヌの代表作『フェードル』で主役のフェードルを演じた。ギリシャ神話から題材を得た『フェードル』は高校生には難解な作品であるが、大田美紀の好演は、文化祭で一番の話題になっていた。
「ありがとー。阿比留くんに褒められて、とっても嬉しい!」
勇気を出して話しかけた甲斐があった。大田美紀は、阿比留に満面の笑顔を見せてくれた。よほど嬉しいようだ。
「正直に言うと、僕には難しくて、物語はよく分からなかったんだけど、大田さんの演技には引き込まれたよ」
芝居について詳しくない阿比留は、突っ込んだ話はできないと予防線をはっておいた。
「とても難しい役だから、舞台に立つ前は不安で仕方なかったの。でも、舞台に立って演じることが、こんなにも楽しいのかって、驚きの発見だったわ」
「舞台に立っている大田さんは輝いて見えたよ」
阿比留は、自分にもこんな台詞が言えるのかと驚いたが、自然と言葉が出ていた。その後も阿比留と大田美紀は、映画の話や巨人の話で盛り上がった。気がつけば生徒会室にはふたり以外誰もいなくなっていた。その日、成り行きで阿比留と大田美紀は一緒に帰った。大田美紀の家に着くまでの10分間、阿比留は天にも昇るような気分だった。何を話したかあまり覚えていない。翌日も予餞会の実行委員会は開かれるため「じゃあ、また明日」とお互い言って別れた。
翌日の放課後も予餞会の実行委員会が開かれた。阿比留が生徒会室へ先に入り、3分後、大田美紀が入ってきた。入ってくる時、大田美紀は阿比留の方を向いて、ニコっと笑顔を見せ、小さく手を振ってきた。それを見逃さなかった男がいた。辻村だ。阿比留にとって不幸だったのは、実行委員会にクラスの代表として参加していたのが自分と辻村だったことだ。
実行委員会が終わり、阿比留は大田美紀の方へ歩み寄って話しかけようとした。
「お疲れさ……」
横から素早く辻村が割り込んできた。
「ねぇねぇ、大田さん、今度、4人で映画観に行かない? 僕と阿比留と、大田さんと大田さんのお友だちで」
「えっ?」
明らかに大田美紀は戸惑っていた。
「お、お前、勝手に何言ってんだよ!」
阿比留もまた、突然の辻村の乱入に心を乱されていた。
「なぁ、阿比留―、お前からも大田さんにお願いしてくれよー。『卒業』観に行こうよ。来週から上映が始まるからさー」
辻村は、大田美紀が生徒会室に入ってきたとき、阿比留に小さく手を振ったこと、実行委員会の間、阿比留がチラチラと大田美紀の方を見ていたことから、阿比留と大田美紀の間に特別な空気が流れていることに気づいていたのだ。辻村とすればふたりの仲をとりもってやりたかったのかもしれない。しかし、辻村は相手の大田美紀が、どんな性格なのか、こういった誘いに応じる可能性があるのかなど、全く考えていない。
「ご、ごめんなさい。私、用があるんで帰ります……」
大田美紀は、逃げるように辻村と阿比留の前から走り去って行った。
「大田さん、ちょっと待って!」
阿比留は呼び止めようとしたが、大田美紀が振り向くことはなかった。
「あれー、大田さん行っちゃったなー。映画嫌いなのかなー?」
辻村は全く悪びれる様子はなく、阿比留の顔を覗き込んだ。
「お前って奴は……」
阿比留は、辻村を殴りたかった。だが、それよりも大田美紀を追いかけて謝りたい気持ちの方が強かった。急いで生徒会室を出て、玄関で靴を履き替え、大田美紀を追いかけた。しかし、大田美紀を見つけることは出来なかった。大田美紀を見つけることができなかったため、大田美紀が自分を避けて、いつもの下校ルートを通らなかったのだと決めつけた阿比留は、大田美紀に対する気持ちに再び蓋をしてしまった。
次の日の朝、辻村はやはり全く悪びれる様子もなく阿比留に話しかけてきた。
「阿比留ー、昨日、あれからどうした? 大田さんを追いかけたんだろ?」
「うるさい!」
阿比留は大声を出した。教室が一瞬で静かになったが、それでも辻村は「ご機嫌ななめか……怖い怖い」とつぶやきながら自分の席に戻って行った。
その後、2年生、3年生と阿比留と辻村は別々のクラスだったこともあり、あまり話すことはなくなった。たまに辻村が話しかけて来ることはあったが、阿比留はほとんど相手にしなかった。大田美紀は、高校2年のとき、福岡の私立高校へ転校した。父親の仕事の関係で、家族ぐるみで福岡へ引っ越したと、阿比留は母親から聞かされた。
高校卒業後、阿比留は一浪して福岡の福岡大学に進学。卒業後、対馬に帰って厳原町役場に入り、公務員として生活するようになった。28歳のときに同僚だった女性と結婚。男の子と女の子、ふたりの子どもに恵まれ、33歳で厳原町議会議員に初当選してからは政治家として厳原町、対馬市のために尽くしてきた。少なくとも阿比留自身はそう自負している。
辻村は福岡の九州産業大学に進学し、卒業後、東京の商社に勤めていたらしいが、東京に行ってからの辻村を知っている者は皆無であった。辻村が全く対馬の友人たちと連絡を取り合っていなかったからである。
それが8年ほど前から、テレビで辻村の姿を見かけるようになった。テレビショッピングの番組だった。いつの間にか辻村は、通信販売会社の社長になっていた。会社の名前は「山猫ネット」。今では、ツシマヤマネコをモチーフにしたロゴマークや、テレビショッピングの冒頭で流れる軽快な音楽とともに、辻村の名前は日本全国に知れ渡っている。本社は福岡に置いており、「九州の経済を支えている」とまで言われるようになっていた。
高校時代は、何人も彼女をつくっていた辻村だが、50歳を越えた今でも独身だという。噂では一度結婚したことがあるらしい。しかし、その妻は交通事故で亡くなったという。妻のことを聞かれると、辻村はいつもはぐらかすため、本当のことは誰も知らない。妻のことだけでなく、「山猫ネット」を設立する前、東京での辻村には謎が多かった。
その辻村が阿比留の前に突然現れたのは、阿比留が市長選挙に出馬を決めた直後だった。
自宅を訪ねてきた辻村は、いきなり話し出した。
「阿比留ー、選挙、出るんだって? 聞いたよ。俺、手伝わせてもらうからな。待て待て、お金は出さんぞ。お前が嫌がるのは分かってるから。お金以外で何でも言ってくれ。今じゃ俺もちょっとした有名人だからな」
「お前、どっから聞いたんだ。確かに選挙に出るけどな……。でも、お前に手伝ってもらわなくても応援してくれる人はたくさんいるから大丈夫。気持ちだけもらっとくよ」
有名人になった辻村が自分を応援してくれるのは、正直、ありがたかったが、阿比留は辻村とは関わりたくなかった。丁重に断ったつもりだった。
しかし次の日、また辻村はやって来た。何と選挙カーにしてくれと、一台のワゴン車を用意していた。
「これ使ってくれ。うちの会社で長い間、使ってたものだけど、よく走るぞ。対馬の山道だってこれなら大丈夫だ」
1週間後、辻村は名簿のようなものを持って、またやって来た。
「これは選挙ボランティアでお前を手伝いたいって言ってる人たちの名簿だ。島内のいたるところから集めたぞ」
ここまでされると、阿比留も辻村を受け入れざるを得なくなった。
選挙期間中も、辻村は仕事の合間をぬっては対馬を訪れ、阿比留の応援に駆けつけてくれた。有名人で経済力のある辻村が応援してくれたことは、阿比留の選挙戦に大きく作用したことは間違いなかった。
しかし、阿比留はどうしても辻村に心を開くことはできなかった。
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阿比留と松尾、グニョンの3人がプサンへ渡り、パク市長、チェ社長と会談した4月以降、幾度にわたって会議を重ねて進められてきた独立リーグの組織作りは、7か月後の11月、ようやくまとまった。
リーグの組織自体は、多少の韓国側の反発はあったものの阿比留と松尾がつくった原案をほぼそのまま採用し、リーグ運営のための「ワイルドキャッツ」を日本の法律下で厳原に設立し、厳原と島の北部の比田勝、そしてプサンに事務局が置かれることになった。「ワイルドキャッツ」の本社と厳原事務局には、厳原の中心である交流センターの一室があてられた。
リーグ運営の最高意思決定機関を理事会とし、理事会の決定を、「ワイルドキャッツ」の株主総会で承認する形をとる。理事会は、理事長に松尾が就任。専務理事にチェ社長、常務理事に三島がそれぞれ就いた。専務理事と常務理事は副理事長を兼ねる。チェ社長は自らの理事長就任を強く希望したが、松尾に理事長をまかせたい阿比留が強い態度でチェ社長を説得し、チェ社長は渋々理事長就任を断念した。阿比留は、防災面や衛生面での不備が噂されている慶尚ホテルへの立ち入り検査をちらつかせてチェ社長を諦めさせたのだが、チェ社長は理事長就任を諦める条件として、ワイルドキャッツの株式を五十パーセント保有することを阿比留に強く要請。松尾の理事長就任に固執する阿比留は、株式の保有については認めざるを得なかった。そして理事には、プサン側から2名、対馬側から2名をそれぞれ出すことを双方が了承。発足当初の理事会は、理事長1名、専務理事、常務理事それぞれ1名、理事4名の計7名の構成となった。決定は多数決で行い、同数の場合は理事長判断に委ねることが決められた。
また、日本、韓国双方において、理事就任要請の署名を500名以上集めて理事会へ提出、もしくは、「ワイルドキャッツ」へ1億円以上の出資をすれば、その瞬間から理事に加わることができるという条項も定款に盛り込まれた。少しでもリーグの知名度を上げ、ひとりでも多くの出資者を募るために阿比留が提案し、韓国側が了承したものであるが、リーグ運営が始まる前に日韓双方で500名以上の署名を集めること、1億円以上の出資者が現れることは現実的ではなかった。すでに50億円の出資を約束していたパチンコ台メーカー、プライムの酒井社長は、理事就任を辞退したが、プライムが関連グッズの独占販売、試合のネット配信事業を請け負うことで合意した。
プサン側と対馬側で最も意見が食い違ったのは、対馬の球場をどこに建設するかということである。対馬側は、厳原港から車で5分ほどの久田地区にある厳原総合運動公園の野球場を改装する案を主張したが、プサン側は、厳原の中心部により近い清水が丘多目的広場で新たに球場を建設することを主張した。
清水が丘多目的広場は、旧対馬藩主宗氏の菩提寺である万松院と旧金石城庭園に隣接している。昭和54年の夏までは厳原中学校があった。中学校が桟原の対馬高校の場所に移転してからは厳原体育館が建てられ、中学校時代の運動場の一角では、1997(平成9)年から旧厳原町によって行われた発掘調査の結果、17世紀後半に造られた庭園が見つかっている。旧金石城庭園と名付けられたその庭園は、現在、国の名勝に指定されている。
プサン側は、野球観戦と、万松院、旧金石城庭園の観光をセットにして、多くの観光客を対馬へ招きたいと主張したのである。慶尚ホテルを経営するチェ社長の考えであることは明らかであった。しかし、対馬側は庭園と球場が隣接することに違和感があるとして、プサン側と対立。双方の主張は平行線をたどったが、「球場の外観を工夫することで、違和感をなくすことができるのではないか」と三島が言ったことから、最終的には対馬側がプサン側の主張を受け入れた。
リーグの名称については、「韓」と「日」のどちらを先にするか、パク市長をはじめとする韓国側は断固として譲らない構えを見せていたが、最終的には、チェ社長がパク市長を説得し、シンプルに「国境リーグ」とすることで、韓国側も対馬側も納得した。
リーグを戦う4チームは、対馬側が「厳原フィッシャーズ」「比田勝パイレーツ」の2チーム、プサン側が「中区ポセイドン」「蓮堤区プロメテウス」の2チームと決まった。各チームの選手については、対馬、プサン双方で、2017(平成29)年春に選手選考会を行い、それぞれ50名程度を選出し、2チームに選手を振り分けることになった。プサンの2チームについては、すでにチェ社長が各チームの監督、コーチの人選を終えており、対馬側は三島が早急に人選に取りかかることになった。
選手選考後、4月から10月まで、対馬の2チーム、韓国の2チームの選手全員が厳原で合同トレーニングを行うことになった。球場建設に時間がかかるため、リーグの開幕は2018(平成30)年3月である。それまで選手たちは、観客が高いレベルの試合を堪能できるよう合同でトレーニングを行うのである。
リーグ開幕後は、プサン市、対馬市双方のケーブルテレビでも試合を中継する。また、サッカーのクラブチームに見られるソシオを導入し、各チームを応援するサポーターに会費を払ってもらい、チームの運営資金とすることも決定した。プライムによるインターネット配信の試合は、ソシオ会員のみ無料とし、会員以外には試合ごとに課金する。また、ソシオ会員にはレプリカユニフォームや応援グッズなどが支給される。
こうして「国境リーグ」は動き出した。
組織づくりを通訳として手伝ったグニョンは、慶尚ホテルで仕事をしながら、「ワイルドキャッツ」で広報などの仕事を手伝うことになった。
グニョンは、対馬高校に留学するまで野球に全く興味はなかった。しかし、高校時代の一番の思い出は野球だった。正確に言えば、野球にすべてをかけていた「あの人」が一番の思い出だ。グニョンは、通訳として阿比留、松尾とプサンへ渡ったあの日から、忘れかけていた「あの人」を思い出していた。そして、「ワイルドキャッツ」の仕事を手伝うことになったグニョンの中で、ひとつの思いが芽生えていた。
「もしかしたら海人に会えるかもしれない……」

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