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年が開けた2018(平成30)年1月、阿比留が第1審で無期懲役の判決を受けたことにより、市民の間で再びリコールの動きが出始めていた。松尾は再び、一軒一軒訪ねて、阿比留の無実を説いてまわっていたが、一方で、市民の間では、「選挙によって新しい市長を選ぶべきだ」という声が次第に大きくなりつつあった。市議会議員の中には、市長選挙に向けて、出馬への意欲を語る者も出始め、国境リーグ元年となる新しい年の幕開けは、島全体を異様な雰囲気に包み込んでいる。そんな中、橋本を新市長に推す声も松尾の耳に聞こえてきていた。松尾は、辻村が密かに動いていると確信していたが、辻村や橋本と顔を合わせることがあっても、阿比留の裁判のことや、圭一郎が調べてくれたことには、一切触れなかった。
2月になると、建設中であったメイン球場である「金石スタジアム」が完成。国境リーグの4チームは、それぞれ別の場所でキャンプに入った。プサンの二チームはプサンの二つの球場で、厳原フィッシャーズは厳原総合運動公園、比田勝パイレーツは峰総合運動公園である。開幕日は3月10日。午前11時から開幕セレモニーが行われ、午後1時に開幕戦がプレイボールを迎える。対戦カードは厳原フィッシャーズ対中区ポセイドン。その翌日、プサンのサジク球場で蓮堤区プロメテウス対比田勝パイレーツの試合が行われる。その後も対馬、プサン双方で順次試合の予定が組まれた。すべての試合はインターネットや衛星放送で生中継される。2月3日にインターネットを利用して日韓両国で販売が開始された3月分の試合のチケットは、日韓ともに即日完売。特に韓国で販売された開幕戦の3塁側と翌日のプサンでの試合の1塁側の席は、販売開始10分足らずで無くなってしまった。
海人は、中村元雄に言われた通り、冬場は徹底的に走り込んだ。高台にある対馬高校へ向かう、通称吉田病院の急坂を午前と午後3回ずつ、1日6回も走って登った。3年間、この急坂を毎日登下校で登り下りする対馬高校に通う学生たちは、自然と足腰が鍛えられる。
冬場は肩を休めるためにほとんどノースローだった海人は、キャンプインした当初、微妙に指の感覚がおかしく、コントロールに不安があった。しかし、キャンプ2週目に入ったころから次第に感覚がよみがえり、冬場の走り込みの効果を実感できるようになった。確かにボールの威力も増しているが、何よりもコントロールが抜群に良くなった。ストレートなら、キャッチャーは構えたミットをほぼ動かさずにキャッチできる。スライダーは曲がり始めが遅くなり、曲がりが大きくなったように自分では感じられる。ただ、フォークはまだまだだった。感覚を取り戻すことは出来ていない。海人は、「試合では使えない……」と思うしかなかった。
フォーク以外に、海人には、もうひとつ気がかりなことがある。グニョンだ。辻村のことで大喧嘩してしまって以来、会っていないどころか電話すらしていない。高校3年の時と同じだ。何とかしたいが、辻村を信じている海人は、「辻村さんがウソンを突き落としたのかもしれない」と言ったグニョンを自分から許すことが出来なかった。グニョンの方から「私が悪かった」と謝って欲しかったが、グニョンは、本当にそう思っているのであろう。謝ってはくれない。かと言って自分から謝ることはできない。フォークの不調もグニョンのことが関係しているように思えてしまう海人であった。
どこかもやもやしたままキャンプを続けていた海人であるが、投げ込んでいくうちに、キャンプ終盤にはフォークの感覚も戻ってきた。100%パーセントではないが、無回転も使い分けることができるようになった。厳原フィッシャーズのベテランキャッチャー、桐谷満治でも捕れないことがあったものの、桐谷は「試合では絶対に体で止めてやるから、思い切って腕を振って投げて来い!」と言ってくれる。海人の中で、中村元雄に受けてもらった日につかんだ自信が再び蘇ってきた。
グニョンのことを考えない日はなかった海人だが、キャンプインして野球漬けになってからは、充実した練習ができたこともあり、集中して野球に取り組んでいた。そして、キャンプは3月9日に最終日を迎える。最終日の練習は午前中で終わり、午後には厳原フィッシャーズのミーティングが行われた。その場で海人は、監督から開幕戦の先発を命じられる。もちろん自分が先発すると決めていた海人だが、いざ監督に先発を言い渡されると、今まで感じたことがないほどの緊張感が襲ってきた。
海人がミーティングルームを出ると、そこに辻村が立っていた。
「おう海人、久しぶり」
海人が辻村と会うのは、ウソンの事故の翌日、三島翼への移植手術が行われた日以来である。
「辻村さん! お久しぶりです」
海人は、グニョンと大喧嘩した原因が辻村だったこともあり、辻村に連絡しづらかった。辻村に「グニョンちゃんは?」と聞かれることを避けたかったからである。
「なかなか連絡しなくてごめんなー。ウソンのことがあったから、お前と顔を合わせづらくてなー」
「今日はお会いできて嬉しいです。国境リーグは辻村さんのお蔭で救われたって選手たちはみんな言ってます。もちろん俺が一番そう思ってますけど」
「またまたー、嬉しいこと言っちゃってー。まぁ実際そうなんだけどな」
辻村はいつもの調子でおどけて見せる。
「でもなー、国境リーグの主役は言うまでもなくお前たち選手だからな。明日の開幕戦に今後のすべてがかかってる。どうだ? 調子は」
「はい。今まで感じたことがないほど絶好調です」
「そうかー。嬉しいねー。明日はスタンドで見てるからな。楽しみにしてるぞ」
そう言うと辻村は去って行った。
その夜、海人をひとりの人物が訪ねてきた。
三島翼である。
「おー、翼―。元気になったのか?」
「はい。退院して今は福岡の高校に通っています。ずっと長い間、入院してたんで、まだ1年生なんですけど……」
「そうか。もう野球できるのか?」
「はい。まだ全力では出来ないんですけど、少しずつ体を動かしています」
「そうだな。焦らずにがんばれよ」
「はい。ウソンさんがつないでくれた命ですから、大事にしながら、ウソンさんの分までがんばって野球やりたいと思ってます」
「うん。俺もウソンの分までがんばるよ。お前、応援に来てくれたんだろ?」
「はい。僕もですが、ウソンさんの心臓に海人さんの姿を見てもらいたいんです」
「本当にいい奴だったからな……。ウソンは……。ウソンが、どれだけ強い思いで、明日の開幕戦のグラウンドに立ちたかったかって考えると、俺は……。」
海人の目に涙があふれそうになる。
「ダメだ、ダメだ。そんなにめそめそしてたって、ウソンは喜ばないよな……。そうだよな? 翼?」
「はい」
「よーし、気合いが入ってきたぞー。明日は27奪三振で試合を終わらせるくらいの気持ちで投げるからな。スタンドからよーく見ててくれよ。ウソンの心臓にもよく見せてやってくれ」
「27奪三振はすごいですね。ギネスに載りますよ」
「さすがに……、27奪三振はちょっと無理かな……。ハッハッハー」
「海人さんらしいですね。ハッハッハー」
早春の夜空に海人と翼の笑い声が響いた。
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翌日、3月10日、見上げれば1面の青空。いよいよ迎えた国境リーグ開幕戦にふさわしい快晴である。海人が金石スタジアムの厳原フィッシャーズロッカールームで着替えていると、ひとりの男性が後ろから声をかけてきた。
「海人!」
「中村さん!」
中村元雄だった。
「いよいよだな」
「去年、開幕戦には来られないっておっしゃってたのに、今日はこっちに来て大丈夫なんですか?」
「ああ大丈夫だ。今日の飛行機の最終便で福岡に渡れば明日のソフトバンクとのオープン戦も大丈夫だ」
「そこまでして来てくれたんですか?」
「去年、お前のボールを受けたとき、俺は思ったんだ。本気だぞ。このボールならプロの世界で通用する。いや通用するというレベルを超えているとな。お前が本気でチャレンジする気になればメジャーだって夢じゃないと思う。だがあのときも言ったが、今の段階では、まだお前はブルペンエースだ。今日、その壁を乗り越えられるか、俺は本気で見たかったんだ。幸い、中継の解説を頼まれてな。今日は特等席でお前のピッチングを見てるからな。『がんばれ』なんてことは言わないぞ。『本気を出せ!』『覚醒しろ!』。今、俺がお前に言いたいのはそれだけだ」
「はい。見ていてください。すべてを出し尽くします」
「そうか。楽しみにしてるぞ」
そう言うと中村は去って行った。着替え終わった海人がロッカルームを出てグラウンドへ向かう通路を歩くと、海人の目線の先にグニョンが待っている姿が飛び込んできた。
「グニョン!」
数か月ぶりに見るグニョンの姿である。海人は「やっぱりグニョンがどんな女の子よりもきれいだ……」と心の中でつぶやいた。
「海人、いよいよね」
グニョンは笑顔で声をかけてきた。ふたりの間にあったわだかまりは、顔を合わせた瞬間に消えていた。
「ああ。いよいよこの日が来たな」
「私はネット裏で応援してるから」
「マウンドからグニョンが見えたら、緊張しちゃうなー」
「大丈夫! ウソンもきっと応援してるから。力を貸してくれるわよ」
「そうだな。ウソンも見に来てくれてるな。そういえば、昨日、翼が来たんだ」
「翼くんが!」
「ああ。ウソンの心臓に俺の試合を見てもらうって言ってたよ。今日はスタンドのどこかにいるはずだ」
「そう。それならますます心強いわね」
「本当にそうだよ。それと……、俺とグニョンにとって、今日が本当の再出発の日だ」
「そうね」
グニョンの笑顔に海人は、ほっとした。グニョンも同じ気持ちでいてくれることが嬉しかった。
「プロ野球の世界にいたころの俺は弱かった。情けない奴だった。けど、グニョンが俺を変えてくれたんだ。今日、俺はグニョンのために投げる。もう弱かった俺はいない。ウソンがどっかへ連れてってくれたみたいだ……」
「それじゃ、祈ってるわ」
そう言うと、グニョンは海人の右手にキスをして去っていった。
「こちら早春の風が心地よい対馬市、金石スタジアムでございます。スタジアムの外にも入りきれない観客があふれるほど、超満員、人口3万の対馬市にあって、およそ2万5000人の観客がスタンドを埋めつくしております。本日は、いよいよ開幕します国境リーグの開幕戦、厳原フィッシャーズ対中区ポセイドンの1回戦をお伝えします。解説は横浜DeNAベイスターズのピッチングコーチであります中村元雄さんにお願いしております。中村さん、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「さて、グラウンドでは試合に先立ちまして、超人気アイドル宮村つばめさんによるミニコンサートが行われておりますが、この時間を利用して、この試合の見どころを中村さんに伺ってまいりたいと思います。中村さん、この試合の見どころはどんなところでしょうか?」
「はい。何といっても厳原フィッシャーズのエース、上原海人投手がどんなピッチングを見せてくれるかということでしょう。ここ厳原出身の彼は、ソフトバンクホークスの選手だったんですが、素質は一級品と言われながらも大成できませんでした。それがこの独立リーグで、どこまで変わったのか、今日は本当に楽しみです」
「インターネットを通じてこの試合を観戦している視聴者の方々も上原投手のピッチングに期待していただきたいと思います。さぁ、まもなくプレイボールです」
ブルペンでのピッチングを終えた海人は、グラウンドに一礼してマウンドへ向かった。国境リーグ開幕戦。1回表、まだ誰も踏んでいないプレートがそこにある。
プサン市長キムによる始球式が終わると、数球の投球練習を行い、海人は空を見上げた。
「ウソン、見てるか? 俺は開幕戦のまっさらなマウンドに立ってるぞ……。お前と対戦できないのは本当に悔しいが、グニョンのために今日は絶対に勝つ。見守っててくれ。 ウソン……」
海人はキャッチャーのサインに首を振った。
「初球はずっと前から決めてたんだ。俺が変わった証のボール。インハイのストレート。それもボール球だ!」
プレイボール!
「さあ注目の第1球、上原投手、大きく振りかぶって……………」
─二時間後─
「やりましたー! 上原投手、快挙達成~! 国境リーグ開幕戦は、3対0で厳原フィッシャーズが勝ちました。ひとりで投げ抜いた上原海人投手は、なんと20奪三振を奪いノーヒットノーランを達成! まさに歴史に残る一戦となりました~」
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「放送席、放送席。ヒーローインタビューです。今日のヒーローはもちろんこの人、上原海人投手です。上原投手、素晴らしいピッチング、ノーヒットノーラン、しかも20奪三振というおまけつき。ナイスピッチングでした」
「ありがとうございまーす」
海人は、満面の笑みを浮かべながら、視線はバックネット裏の最前列でこちらを見て大きく手を振っているグニョンの方を向いていた。
「歴史的な今日のこの一戦、ノーヒットノーランは、何回くらいから意識されていましたか?」
「はい。実は昨夜、三島翼くんという高校生が僕を訪ねてきてくれたんですが、彼に三振を27個奪って勝つつもりで投げるって宣言していました」
「三島翼くんというと……、事故死したユ・ウソン選手の心臓を移植された三島豊さんのご子息ですね」
「そうです。ウソンの心臓に今日の試合を見てもらうと言って来てくれたんです。僕が今日、開幕戦でこんなピッチングが出来たのはウソンのおかげです。天国のウソンに一言いいですか?」
「あ、はいどうぞ」
海人は、右手を高々と挙げ、左手にインタビュアーから渡されたマイクを持って、空を見上げながら、ウソンに語りかけるように話し始める。
「ウソーン、見ててくれたか? やったぞー。ノーヒットノーランなんて自分でも信じられない……。ウソン、お前が俺を変えてくれたんだ。ありがとー。でもな、ウソン、何で今日、お前と勝負できないんだよー。お前と勝負して、高校のときの借りを返したかったんだぞー。何でだよ。何でだよウソン……」
海人の目から涙がこぼれ、言葉に詰まってしまったが、右手で涙をぬぐうと、海人は再び話し始めた。
「ウソン、お前がいない国境リーグはまだ始まったばかりだ。これからも俺は多くのお客さんの前で全力投球していくぞー。見ててくれー」
「上原投手ありがとうございました。今日の一戦はインターネットを通じて世界中の人が見ていると思います。今日の上原投手のピッチングを見て、多くの人が上原投手のファンになったのではないでしょうか。そんなファンのみなさんにメッセージをお願いします」
「はい。スタンドで応援してくれたお客さんもインターネットや衛星放送で中継を見てくれた人も、今日はありがとうございました。みなさんの応援のおかげでいいピッチングをすることができました。国境リーグは、日本と韓国をまたいで行われる独立リーグですが、もともと国境は人間が決めたものです。人と人とのつながりに国境は関係ありません。今日、僕はレフトスタンドや三塁側の内野席からも大きな声で『ファイティン!』と言ってもらいました。とっても嬉しかった。形式的には対馬の2チームと韓国の2チームで国境リーグは試合が行われていきますが、ファンのみなさんは日本も韓国も関係なく、国境なんて関係なく、気に入ったチーム、気に入った選手を応援してください。僕たち選手は、ファンのみなさんの声援に応えられるよう、精一杯、全力でプレーすることをお約束します。これからも応援よろしくお願いしまーす」
「国境リーグ開幕戦で見事なピッチングを見せてくれた上原海人投手でしたー」
インタビュアーの言葉を受けて、スタンドからはそれまでで一番の拍手が<沸<<わ>>き起こった。海人は、満面の笑みをたたえ、スタンドに手を振りながらグラウンドを一周。スタンドからは、1塁側、3塁側を問わず「ウエハラー」「カイトー」という声援と大きな拍手が鳴り響く。グラウンドを1周してベンチ前へ戻ってくるまでに運営スタッフが用意していた20個のボールにサインをし、スタンドに投げ入れていった。海人が15分もかけてグラウンドを1周し、ベンチ前に戻って来ると、グニョンが翼と一緒に待っていた。
「海人! おめでとう!」
そう言うとグニョンが海人に抱きついてきた。
「おいおいグニョン。みんな見てるよ」
海人は照れくさそうにグニョンの耳元でつぶやく。
「いいの。海人、だーい好き!」
「俺も」
海人はグニョン以外には誰にも聞こえないほど小さく囁いた。3秒ほど間をあけて翼が言った。
「そろそろ僕もいいですか?」
「あっ、あーごめん。翼」
海人は右手で頭をかいた。
「海人さん、昨夜の約束、果たしてくれましたね。素晴らしいピッチングでした」
「ありがとう、翼!」
「僕も、ウソンさんの心臓も海人さんのピッチング、心から感動しました。ありがとうございます」
「いいとこ見せられて、ホッとしてるよ」
「僕もいつか海人さんのボール受けさせてもらえるようにがんばります」
「おう。楽しみにしてるぞ!」
「はい!」
翼は高校球児らしく元気に返事をすると、海人が差し出した右手とがっちり握手を交わした。そこへ松尾と、翼の父親であり国境リーグ理事長である三島、中継の解説を終えたばかりの中村も駆けつけた。
「海人、ナイスピッチング!」
まず中村が右手を差し出しながら声をかけた。
「ありがとうございます」
中村と握手を交わしながら海人がお礼を言う。次に三島が右手を差し出しながら祝福の言葉をかける。
「おめでとう。小さい頃から知ってるけど、すごいピッチャーになったなー」
「ありがとうございます。三島さん」
海人は、三島ともがっちり握手を交わした。そして松尾も声をかける。
「本当におめでとう。海人!」
松尾も右手を差し出した。
「監督、ありがとうございます。すべて監督のおかげです」
海人は松尾とも握手を交わしながら礼を言った。
「そんなことない。お前の努力の賜物だ。対馬に帰ってきてからコツコツと努力して勝ち取った今日の栄光だよ。俺はこんなに感動した野球の試合を見たのは初めてだ」
松尾がそう言うと、中村も言葉を続ける。
「ああ、俺もだ、海人。お前やお前を取り巻くいろいろなこと、国境リーグのゴタゴタも含めて、すべては今日のお前のピッチングによって救われた気がするよ。俺は」
「全くゲンちゃんの言う通りだ。ありがとう、海人」
松尾の目には涙が滲んでいる。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
海人、グニョン、三島親子、松尾、中村の6人は輪になって、その後もしばらく話し続けた。スタンドの観客はほとんどが球場外に出ていたが、スタンドの上部で出資者であるシルバーホテルグループの相馬社長と話し込んでいた辻村がひとりベンチの上まで降りてきて海人に声をかける。
「海人ー、おめでとー。やったなー」
「はい。ありがとうございます」
海人も辻村の方を見て、満面の笑みで礼を言った。
「いやー、すごかったよ。さすがお前はこの俺がほれ込んだ男だったよー。今日の海人だったらもう1回、プロ野球でやってもらいたいねー。ねえ、中村さん?」
辻村と中村は直接の面識はない。それでもふたりは有名人である。お互いを知っていた。
「そ、そうですね……」
中村は少し戸惑うように言葉を返した。
「あれー? 横浜さん、すぐにでも海人を獲ってくれるんじゃないのー?」
辻村流の馴れ馴れしさである。
「私はピッチングコーチというだけで、何の権限もありませんからねー」
「そうなのかー……。でも急がないとほかに獲られちゃうよ。海人、こんなにすごいんだから、他球団もほっとかないよー」
「そうでしょうね……」
「ホントそうだよー。あっ、そろそろ行かなきゃ。海人、このあとのパーティー、もちろんお前も行くんだろ? グニョンちゃんも?」
「はい、行きます」
「私も行っていいのかな?」
グニョンが不安気に言うと、辻村は右手で胸を叩きながら言った。
「いいに決まってるよー。グニョンちゃんだけじゃなくて、みなさん来てくださいねー。待ってますからー。受付に言っとくから大丈夫ですよー」
辻村は走ってスタンドを駆け上がって行った。

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